多重比較法

分散分析(ANOVA)において帰無仮説「すべての群平均が等しい」が棄却された場合、次に問題となるのは「どの群間に差が存在するか」である。この段階で行われるのが多重比較(multiple comparisons)である。

しかし、複数の仮説検定を同時に行うと、第1種の過誤(偽陽性)の確率が累積し、全体として誤検出が増加する。この問題は多重検定問題(multiple testing problem)と呼ばれ、その制御のために様々な補正法が提案されている。

本節では、代表的な多重比較法であるフィッシャーのLSD法、テューキーのHSD法、ボンフェローニ補正について、理論的背景とともに解説する。

多重比較問題の定式化

$k$ 群の平均 $\mu_1, \dots, \mu_k$ に対し、すべてのペア比較

\[H_{ij} : \mu_i = \mu_j \quad (i < j)\]

を考えると、その数は

\[\frac{k(k-1)}{2}\]

となる。各検定を有意水準 $\alpha$ で独立に行うと、少なくとも1つの誤棄却が起こる確率(family-wise error rate; FWER)は

\[1 - (1 - \alpha)^{m}\]

($m$ は検定数)となり、$m$ が増加するにつれて急速に増大する。

したがって、多重比較法の目的は、このFWERを所定の水準以下に制御することである。

フィッシャーのLSD法(Least Significant Difference)

フィッシャーのLSD法は、ANOVAで有意差が検出されたことを前提として、各群間の平均差に対して通常のt検定を適用する方法である。

2群 $i,j$ の比較において、検定統計量は

\[t = \frac{\bar{x}_i - \bar{x}_j}{\sqrt{\mathrm{MSE}\left(\frac{1}{n_i} + \frac{1}{n_j}\right)}}\]

で与えられる。ここで $\mathrm{MSE}$ は分散分析における誤差平均平方である。

この方法は検出力が高い一方で、多重比較に伴う誤差率の制御が不十分であり、FWERが増大する可能性がある。そのため、探索的解析には適するが、厳密な検定には注意が必要である。

ボンフェローニ補正(Bonferroni correction)

ボンフェローニ補正は最も単純かつ一般的な方法であり、各検定の有意水準を

\[\alpha' = \frac{\alpha}{m}\]

に調整することで、FWERを $\alpha$ 以下に抑える。

すなわち、各仮説 $H_{ij}$ に対して

\[p_{ij} < \frac{\alpha}{m}\]

であれば有意と判定する。

この方法は任意の依存構造に対しても有効である(ボンフェローニ不等式に基づく)が、保守的(conservative)であり、特に $m$ が大きい場合には検出力が著しく低下する。

テューキーのHSD法(Honestly Significant Difference)

テューキーのHSD法は、すべての対比較に対してFWERを制御するために設計された方法であり、特に等標本サイズの場合に強力である。

群平均の差に対して、次の統計量を用いる:

\[q = \frac{|\bar{x}_i - \bar{x}_j|}{\sqrt{\mathrm{MSE}/n}}\]

ここで $n$ は各群の標本サイズ(等しい場合)である。この統計量はスチューデント化レンジ分布(studentized range distribution)に従う。

有意差の判定は

\[|\bar{x}_i - \bar{x}_j| > q_{\alpha} \sqrt{\frac{\mathrm{MSE}}{n}}\]

によって行われる。

標本サイズが異なる場合には、テューキー–クレーマー法(Tukey–Kramer method)として拡張される。

各手法の比較

  • LSD法:検出力が高いがFWER制御が弱い
  • ボンフェローニ:単純で一般的だが保守的
  • テューキーHSD:全対比較に対して適切なFWER制御と比較的高い検出力

目的に応じて、探索的解析か確認的解析かを考慮して選択する必要がある。

線形モデルとしての統一的理解

多重比較は、一般線形モデルにおける線形仮説

\[H_0 : \mathbf{c}^\top \boldsymbol{\beta} = 0\]

の集合として統一的に表現できる。ここで $\mathbf{c}$ はコントラストベクトルである。

例えば、$\mu_i - \mu_j = 0$ は特定のコントラストに対応する。この観点では、多重比較は「複数の線形制約の同時検定」として理解される。

拡張と現代的手法

近年では、FWERの代わりに偽発見率(False Discovery Rate; FDR)を制御する方法(Benjamini–Hochberg法など)も広く用いられている。

また、線形混合モデルやベイズ的アプローチにおいても、多重比較問題は重要な研究対象となっている。

まとめ

多重比較法は、分散分析後の群間差の特定において不可欠な手法であり、多重検定に伴う誤差率の制御が中心的課題である。フィッシャーのLSD、ボンフェローニ補正、テューキーのHSD法は、それぞれ異なるトレードオフを持つ代表的手法であり、目的に応じた適切な選択が求められる。

これらはすべて一般線形モデルの枠組みの中で統一的に理解され、統計的推論の精度と信頼性を確保するための基盤をなしているのである。

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