Definition:qubit
キュービット(qubit、quantum bitの略)とは、量子系における重ね合わせ可能な2つの量子状態(電子のスピンや光子の偏光など)に対応づけられた、情報の最小単位である。この物理的な量子状態が抽象化されて、$|0\rangle$ と $|1\rangle$ という基底状態として扱われ、これらの規格化された複素数確率振幅による線形結合が量子情報の一単位を構成する。したがって、キュービットは単なる論理的・数学的な概念ではなく、量子力学の物理的性質に根ざした情報表現の基本単位である。
キュービット(qubit)とは、"quantum bit"を短縮した造語であり、量子コンピュータにおける情報の最小単位である。従来のビットが0または1のいずれか一方の値のみを取るのに対し、キュービットは量子力学における重ね合わせの原理により、0と1に対応する2つの基底状態 $|0\rangle$ と $|1\rangle$ を同時に、複素数の確率振幅によって重み付けされた形で保持することができる。1つのキュービットの状態は一般に、\[|\psi\rangle = \alpha|0\rangle + \beta|1\rangle\]
と表される。ここで $\alpha$ と $\beta$ は複素数であり、測定によって0または1のいずれかの状態に収束する確率は、それぞれ $|\alpha|^2$ および $|\beta|^2$ で与えられ、両者の和は、\[|\alpha|^2 + |\beta|^2 = 1\]
を満たす。したがって、キュービットは単なる論理的・数学的な概念ではなく、量子力学の物理的性質に根ざした情報表現の基本単位である。
キュービットという概念が成立する背景には、20世紀初頭に築かれた量子力学の理論体系がある。1920年代、<ヴェルナー・ハイゼンベルク(Werner Heisenberg)による行列力学、およびエルヴィン・シュレーディンガー(Erwin Schrödinger)による波動力学が相次いで提唱され、これらは後に数学的に等価であることが示された。この時期に確立された重ね合わせの原理、すなわち量子系が複数の状態を同時に取り得るという性質、および観測によって状態が確率的に一つに定まるという考え方が、後のキュービット概念の土台を成している。
また、1935年にはアルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)、ボリス・ポドルスキー(Boris Podolsky)、ネイサン・ローゼン(Nathan Rosen)による、いわゆるEPR論文が発表され、複数の量子系が示す量子もつれと呼ばれる相関現象が議論の俎上に載せられた。この現象は当初、量子力学の不完全性を示すものとして提示されたが、後に量子情報処理における中核的な資源として再評価されることになる。
量子力学を計算という営みに結びつける発想は、1980年代に本格化した。1980年、ロシアの数学者ユーリ・マニン(Yuri Manin)が量子系による計算の可能性に言及し、1982年には物理学者リチャード・ファインマン(Richard Feynman)が、量子系を古典コンピュータでシミュレートすることの困難さを指摘し、量子力学そのものに従って動作する計算機の必要性を論じた講演を行った。ファインマンのこの問題提起は、量子コンピュータという構想が学術的に広く注目される契機となった。
1985年には、イギリスの物理学者デイヴィッド・ドイッチュ(David Deutsch)が、量子力学の原理に基づいて動作する万能計算機のモデルを理論的に定式化し、量子チューリングマシンの概念を提示した。この研究により、量子計算は単なる思考実験ではなく、厳密な理論的枠組みを持つ計算モデルとして確立された。
キュービット(qubit)という語そのものが文献に初めて登場したのは1995年のことである。アメリカの物理学者ベンジャミン・シューマッハ(Benjamin Schumacher)が、量子情報の圧縮に関する論文の中でこの語を用いた。シューマッハは論文の謝辞において、この用語を提案したのは同僚の物理学者ウィリアム・ウーターズ(William Wootters)であると明記している。それ以前は「量子ビット(quantum bit)」という表現がそのまま用いられていたが、シューマッハの論文を境に「qubit」という短縮形が学術界に定着していった。
理論面での進展と並行して、キュービットを応用した具体的なアルゴリズムの提案が量子計算への関心を大きく高めた。1994年、ピーター・ショア(Peter Shor)は、量子コンピュータを用いれば大きな整数の素因数分解を古典コンピュータよりも著しく高速に実行できるアルゴリズムを発表した。これは公開鍵暗号の安全性に直結する成果であったため、量子計算研究への注目と投資を大きく促進した。続いて1996年には、ロブ・グローバー(Lov Grover)が、未整序データベースの探索を高速化する量子アルゴリズムを提案し、キュービットの実用的価値をさらに具体化した。
こうした理論的成果を受けて、キュービットを物理的に実現するための研究が本格化した。今日では、超伝導回路、イオントラップ、光子、トポロジカル量子状態など、多様な物理系を用いたキュービットの実装方式が並行して研究されており、それぞれコヒーレンス時間(量子状態を保持できる時間)やエラー率、拡張性の面で異なる特性を持っている。
キュービットの真価は、複数個を組み合わせたときに顕在化する。$n$個のキュービットからなる系は、理論上、\[2^n\]
通りの基底状態の重ね合わせを同時に表現することができる。さらに、複数のキュービットが量子もつれの状態にある場合、一方のキュービットに対する測定結果が、空間的に離れた他方のキュービットの状態と強く相関する。この相関は、古典的なビットの組み合わせでは再現できないものであり、量子計算や量子暗号、量子テレポーテーションといった応用の基盤となっている。
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