ブリッジ

Definition:Bridge

ブリッジとは、コンピュータネットワークにおいてデータリンク層(OSI参照モデルの第2層、L2)で動作するネットワーク機器であり、主に異なるネットワークセグメントを接続し、MACアドレスに基づいてフレームを選択的に転送する機能を担うものである。接続された機器のMACアドレスと接続先のセグメントとの対応を学習することで、宛先が存在するセグメントにのみフレームを転送し、不要なトラフィックを抑制することができる。初期のLANでは独立した通信機器として用いられたが、複数のポートを備えたスイッチへと発展し、現在ではブリッジの機能は主としてスイッチに統合されている。また、IPアドレスに基づいて異なるネットワークを接続するルーターとは異なり、ブリッジはデータリンク層でフレームを転送する点に特徴がある。

登場した背景

ブリッジの概念は、1980年代にLAN(ローカルエリアネットワーク)が発展する中で登場した。初期のEthernetは、複数のコンピュータが一本の共有された伝送媒体(同軸ケーブル)を利用する方式であった。この方式では、あるコンピュータが送信したフレームはネットワーク上のすべての機器に到達する。接続される機器の数が増えると、複数の機器が同時に送信することで信号が衝突するコリジョンが頻発し、実効的な通信速度が低下するという問題が生じた。また、Ethernetは1本のセグメントで到達できる距離にも制約があった。

これらの制約に対し、ネットワーク全体を一つの共有媒体として扱うのではなく、複数のセグメントに分割し、必要な通信だけを別のセグメントへ転送する装置が求められた。これがブリッジである。

DECによる考案とLANBridge 100

最初のEthernetブリッジは、1980年頃、DECのAdvanced Development GroupにいたMark Kempfによって考案された。Kempfは、二つのEthernetセグメントを接続し、送信元と宛先が同じセグメント内にある通信はそのセグメント内にとどめ、異なるセグションにまたがる通信だけを転送する装置を設計した。この装置は、通過するフレームの送信元MACアドレスを学習し、どの機器がどちらのセグメントに存在するかを自動的に把握する「学習ブリッジ(learning bridge)」であった。

この設計は1986年、DECの製品LANBridge 100として商用化された。LANBridge 100はMotorola 68000系のCPUを用いてソフトウェアでフレームの受信・判定・転送(store-and-forward)を行い、Ethernetを共有媒体のネットワークから、複数のセグメントを束ねるネットワークへと変化させる出発点となった。

スパニングツリープロトコルの必要性

ブリッジを複数台導入し、冗長性を持たせるために同じセグメント同士を複数の経路で接続すると、フレームがループし続ける「ブロードキャストストーム」が発生する問題が新たに生じた。Ethernetのフレームには、IPパケットのようなホップ数の制限(TTLに相当する仕組み)がなかったため、一度ループが発生すると自律的には収束しない。

この問題を解決するため、DECのRadia Perlmanが1985年前後にスパニングツリープロトコル(STP: Spanning Tree Protocol)を考案した。STPは、複数のブリッジが互いを認識し、ループを含まない最小全域木(スパニングツリー)を計算することで、冗長な経路を自動的に無効化しつつ、経路が切れた場合には代替経路へ切り替える仕組みを提供した。この方式は1990年にIEEE 802.1Dとして標準化され、ブリッジ(および後の後継製品であるスイッチ)における事実上の標準機能となった。

ブリッジ市場の広がり

DECが実用化した学習ブリッジの方式は、1980年代を通じて他社にも広がった。

異なるLAN同士を「橋渡し(bridge)」する専用機器を手がける企業として、1981年に元Ungermann-Bass社員のJudy EstrinとBill Carricoが設立したBridge Communications社が挙げられる。同社は当時普及の進んでいたLANの相互接続を主眼に事業を興し、1986年に株式公開、1987年には3Com社に買収された。3Comのブリッジ・ルータ事業は、自社の早期開発ではなく、このBridge Communications買収によって確立されたものである。

また、1979年に設立されたUngermann-Bass社は、複数ベンダーの機器を相互接続できるLAN製品の先駆企業として知られ、その周辺人材が上記のBridge Communicationsを含む後続企業の設立にも関わった。

一方、IBMは1980年代に、Ethernetとは異なるトークンパッシング方式のトークンリング・ネットワーク(Token Ring Network)を展開しており、そこではソースルートブリッジング(SRB: Source Route Bridging)という異なる方式のブリッジングを採用した。DEC方式の学習ブリッジ(透過ブリッジング、Transparent Bridging)が、宛先の場所をブリッジ自身が学習・判断するのに対し、SRBでは、送信元のホストがフレームの経路情報(Routing Information Field)をあらかじめフレームに埋め込み、その情報に従ってブリッジが転送する。両方式は1980年代後半のIEEE 802委員会において標準化を競い、最終的に透過ブリッジングがIEEE 802.1Dとして一般的なLANブリッジングの標準となり、SRBはIEEE 802.5(トークンリング)の枠内の方式として位置づけられた。

ブリッジが使われなくなった年代と理由

ブリッジは1980年代後半から1990年代前半にかけて広く導入されたが、1990年代半ば以降、単体の製品カテゴリとしては急速に姿を消していった。

その直接のきっかけは、1990年前後にKalpana社が開発した、ASIC(特定用途向け集積回路)でフレーム転送を処理する多ポートの装置であった。Kalpana社はこれをマーケティング上「スイッチ」と呼び、この呼称がその後の業界標準の呼び方として定着した。従来のブリッジとスイッチの違いは、次の点に整理できる。

  • ポート数:従来のブリッジは2ポート、多くても4ポート程度であったのに対し、スイッチは数十から数百ポートを備えることができた
  • 処理方式:ブリッジは汎用CPU上のソフトウェアでフレーム転送の判断を行っていたのに対し、スイッチはASICによってハードウェアで処理するため高速であった
  • スパニングツリー:初期のブリッジは1台につき一つのスパニングツリーしか扱えなかったが、スイッチは複数のスパニングツリーインスタンスや、VLANごとに独立したブロードキャストドメインを扱えるようになった

1990年にIEEE 802.1Dが標準化されて以降、Ethernet市場が拡大し、より多くのセグメントを接続する必要が生じたことも、多ポートかつ高速なスイッチへの移行を後押しした。さらに1990年代半ばには、10BASE-Tによるスター型配線の普及とあわせて、それまでハブで構成されていたネットワークが、ポートごとに衝突ドメインを分離できるスイッチへと置き換えられていった。

この結果、1990年代半ば以降、「ブリッジ」という製品カテゴリはほぼ市場から姿を消し、多ポート・高速処理を備えた「スイッチ」がその役割を引き継いだ。ただし、技術的にはスイッチは学習ブリッジの機能を多ポート・ハードウェア実装で拡張したものであり、フレームをMACアドレスに基づいて学習・転送するという動作原理そのものは、DECが考案した透過ブリッジングの延長線上にある。実際、IEEE 802.1D標準は現在も「MAC Bridges」という名称のまま維持されており、スイッチの内部動作を規定する規格として使われ続けている。したがって、ブリッジという製品名は消えたが、その技術と標準規格は、現在のEthernetスイッチの中に生き続けているといえる。

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