クレードとランク/現代植物分類学入門

分類体系の転換 ランクから系統へ

生物分類学において、かつて主流であった「界・門・綱・目・科・属・種」といった階層的ランク(rank)による分類体系は、20世紀後半以降、とくに分岐学(cladistics)および分子系統学の発展によって大きく再検討されることになった。現在の植物分類学では、「綱」「亜綱」「上目」などの伝統的ランクは以前ほど重視されなくなり、代わって「単系統群(monophyletic group)」を中心とした系統ベースの理解が主流となっている。一方で、「科(family)」と「属(genus)」、さらに「種(species)」は、現在でも国際命名規約の運用上きわめて重要な単位として維持されている。この背景には、分類(classification)と命名(nomenclature)が本来別の体系であるという事情が存在する。

リンネ式体系からダーウィン以後へ

18世紀以来のリンネ式分類体系では、生物は固定的な階層構造に配置されるものと考えられていた。すなわち、ある属は科に属し、ある科は目に属するという入れ子構造を持ち、それぞれの階級には一定の比較可能性があると暗黙に想定されていた。しかしダーウィン以後、生物分類は「類似性」ではなく「共通祖先からの分岐史」を反映すべきであると考えられるようになった。

分岐学の確立 ヘニッヒと単系統群の原則

20世紀後半にドイツの昆虫学者・系統分類学者であるヴィリー・ヘニッヒ(Willi Hennig)によって体系化された分岐学は、この流れを決定的にした。ヘニッヒの主著 Phylogenetic Systematics(1966年英語版)によって、この考え方は英語圏にも広く普及した。分岐学では、分類群は単系統群、すなわち「ある共通祖先とそのすべての子孫」を含む群でなければならないとされる。これに対し、ある共通祖先の子孫の一部のみを含む側系統群(paraphyletic group)、および独立した複数の系統を人為的にまとめた多系統群(polyphyletic group)は、いずれも分岐学的観点から自然群とは認められない。この考え方では、「シダ植物」「双子葉植物」「裸子植物」のような伝統的分類群の多くが、実は側系統群であることが問題となった。

APG体系 「双子葉植物」の解体とクレード名の導入

例えば、従来の「双子葉植物」は、真正双子葉類だけでなく、モクレン類やスイレン類など被子植物初期分岐群を含む広い概念であった。しかし、分子系統解析により、それらは単一の自然群を形成しないことが明らかとなった。このためAPG体系(Angiosperm Phylogeny Group; 1998年のAPG Iを皮切りに、APG II: 2003年、APG III: 2009年、APG IV: 2016年と継続的に改訂されてきた)では、「双子葉植物綱」というランク分類は事実上放棄され、「真正双子葉類(eudicots)」のようなクレード名が用いられるようになった。

クレードとランク 二つの概念の峻別

ここで重要なのは、「クレード(clade)」と「ランク」は別概念であるという点である。クレードは進化系統上の実在的系譜を指すが、ランクは人為的階層である。たとえば被子植物全体を「門」とみなすか「綱」とみなすかには客観的基準がない。進化速度や形態差は系統によって大きく異なるため、「綱どうしは同程度に異なるべき」といった考えは成立しにくいのである。

このため現代分類学では、高次分類群については「ランクなし分類(rank-free classification)」が広く採用されるようになった。APG体系の論文を見ると、angiosperms・monocots・eudicots・rosids・asterids などが並列的に示されるが、これらには厳密な階級名が付与されていない。これは「進化系統そのもの」を重視する立場である。

命名規約の構造 科・属・種が維持される理由

しかし、一方で、「科」「属」「種」は依然として強固に維持されている。これは単なる慣習ではなく、国際植物命名規約(現在のICN: International Code of Nomenclature for algae, fungi, and plants;現行版は2024年のマドリード規約)の構造そのものと深く関係している。

植物命名規約では、学名の形成規則がランク依存的に設計されている。科名は基準属(type genus)に基づき -aceae を付け、属名は単名法、種名は二名法(binomial nomenclature)という形式が厳密に定義されている。例えば Rosaceae(バラ科)← Rosa、Asteraceae(キク科)← Aster、Poaceae(イネ科)← Poa のように、科名は基準属に従属する構造を持つ。

さらに種名は Quercus serrataAcer palmatum のように「属名+種小名」という二名法によって記述される。この二名法はリンネ以来の生物命名法の中核であり、現在の生物学・農学・園芸学・生態学・法制度・保全行政・データベースのすべてに深く組み込まれている。

PhyloCode クレード命名法の提案とその限界

もし属や科を完全廃止すると、命名規約そのものを根本から再設計しなければならなくなる。実際、1990年代以降には PhyloCode のような「クレード命名法(phylogenetic nomenclature)」も提案された。PhyloCode(正式名称 International Code of Phylogenetic Nomenclature)は2020年に正式発効しており、「属」「科」といったランク概念を用いず、クレードに直接名前を与える体系として既存のICNと並立している。しかし、この体系は、既存命名体系との互換性、実務上の扱いやすさ、教育的明瞭性、法律・保全制度との整合性などに大きな問題を抱え、現在でも主流の実務に取って代わるには至っていない。

現代植物分類学の二層構造

結果として現代植物分類学では、「分類理論としてはランクよりクレードを重視する」一方、「命名実務としては科・属・種を維持する」という折衷的構造が成立している。すなわち現在の植物分類体系は、「進化系統の理解にはランクを本質視しない」一方で、「学名運用の安定性のために最低限のランク構造を保持する」という二層構造になっている。

このため今日の植物分類では、「真正双子葉類」「バラ類」「キク類」のようなクレード名と、バラ科・キク科・イネ科のような伝統的ランク名が混在する独特の体系が採用されている。これは過渡的妥協ではなく、現代系統学と実務的命名法との均衡の上に成立している、現在の生物分類学の基本構造そのものと言える。

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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