キク

概要

キク(菊)は、キク科(Asteraceae)キク属(Chrysanthemum)に属する多年生の観賞用植物であり、学名をChrysanthemum morifolium Ramat.という。種小名のmorifoliumは「クワ属(Morus)のような葉を持つ」という意味に由来し、葉の形状の類似性にちなんで命名された。栽培品種を交配起点として整理する近年の分類慣行に従い、Chrysanthemum × morifoliumという雑種由来を示す表記が用いられることも多い。

本種は野生に自生する単一の種ではなく、中国において古く成立した栽培雑種に起源する植物である。日本には奈良時代に中国から渡来したとされ、江戸時代にかけて各藩が競うように育種を行った結果、花色・花形・草丈・開花期において極めて多様な品種群が生み出され、日本を代表する園芸植物のひとつとして定着している。

形態的特徴

草丈は品種によって大きく異なり、矮性のものから1メートルを超えるものまで幅広い変異が見られる多年草である。茎はやや木質化する部分を持ちながらも直立ないし斜上し、しばしば分枝する。葉は互生し、深く羽状に切れ込む形状を示すことが多く、表面は緑色でやや光沢を帯び、裏面には白色を帯びた毛が密生する場合がある。

花は、キク科に特有の頭状花序(頭花)を形成し、外周部には舌状花、中心部には筒状花が配置される典型的な構造を持つ。栽培品種における花形の変異は著しく、花弁に相当する舌状花の枚数、形状、巻き方、色調が多岐にわたることから、花径18センチメートル以上となる大菊、9センチメートル以下の小菊、およびその中間に位置する中菊といった区分がなされている。花色も白、黄、橙、赤、桃、複色など極めて多彩であり、これらの変異の大部分は、後述する複雑な雑種形成の過程で蓄積された遺伝的多様性に由来すると考えられている。

分布と生態

本来の自生地を持たない栽培雑種であるため、野生状態での自然分布域は存在しない。栽培は東アジアを中心に、現在では世界各地の温帯域に広がっており、日本国内でも観賞用の切り花・鉢物として全国的に栽培されている。

生態的に特筆すべき性質は、花芽形成が日長の変化に強く依存する短日植物である点である。日長が一定の時間よりも短くなる秋期に花芽が誘導される性質を持つため、自然条件下ではおおむね秋に開花する。この性質を逆に利用し、夜間に人工照明を当てて日長を長く保つことで花芽形成を抑制し、開花時期を意図的に遅らせて周年供給を実現する電照栽培(電照菊)という手法が、日本の切り花生産において広く実用化されている。逆に、日長を人為的に短縮する遮光栽培によって開花を早める技術も存在し、これらの光周性を利用した栽培管理技術の発達により、現在では夏菊、夏秋菊、秋菊、寒菊など、開花期の異なる複数の作型が育成されている。

生理・化学的特徴

キクの花や葉には、ルテオリンやアピゲニンなどのフラボノイド配糖体、およびクロロゲン酸をはじめとするフェノール酸類が豊富に含まれることが知られている。これらの成分は抗酸化作用を有するとされ、乾燥させた花を湯で浸出する菊花茶など、伝統的な喫茶利用の背景にある化学的根拠のひとつとされている。また、葉や花にはカンファーやボルネオールといった精油成分もわずかに含まれ、独特の芳香を生み出している。

前述の通り、キクの生理学上最大の特徴は光周性による花芽形成の制御にあり、暗期の長さを感知する仕組みを通じて開花のタイミングが精密に調節されている。この短日反応性は品種間で感受性の強弱に差があり、電照栽培や遮光栽培における作型分化の基盤となっている。なお、近縁のヨモギギク属(Tanacetum)に属する除虫菊(Tanacetum cinerariifolium)が殺虫成分であるピレトリンを豊富に含むのに対し、本種であるキク属のChrysanthemum morifoliumは別属に属する植物であり、同様の殺虫成分を主要な特徴として持つわけではない点には注意が必要である。

人との関わり

キクは、中国において唐代かそれ以前の時期に、チョウセンノギク(Chrysanthemum zawadskii var. latilobum)とシマカンギク(Chrysanthemum indicum)との交雑によって成立した栽培雑種であるとする説が有力である。以後、中国では長い年月をかけて品種改良が重ねられ、文人文化における観賞植物として、また生薬としても重用されてきた。乾燥させた頭花は「菊花」として、東アジアの伝統医学において古くから用いられている。

日本には奈良時代に伝来したとされ、平安時代以降は宮廷文化や重陽の節句と結びついた高貴な花としての地位を確立した。江戸時代には各藩が独自の菊作りを奨励し、狂い咲きと呼ばれる特異な咲き方を特徴とする江戸菊をはじめ、地域ごとに個性豊かな品種群が育成された。近代以降は、ヨーロッパで独自に育種が進められた洋菊系品種群も導入され、観賞園芸では日本独自に発展した和菊、切り花生産では洋菊系品種が中心に用いられるという役割分担も見られる。また、花弁を食用とする「もってのほか」などの品種も存在し、酢の物や吸い物の彩りとして食用菊の文化を形成している。現在では、日本を象徴する花のひとつとして皇室の紋章にも用いられるなど、文化的・社会的にも極めて重要な位置を占める植物である。

系統的位置と進化的特徴

キクは、被子植物(Angiosperms)のうち真正双子葉類(Eudicots)に属し、キク類(Asterids)の中でもキキョウ類(Campanulids)と呼ばれるクレードに位置づけられる。所属する目はキク目(Asterales)であり、科としてはキク科(Asteraceae、基準属はキク属ではなくヒマワリ属 Helianthusのような大型属が挙げられることもあるが、慣用的にはキク属Chrysanthemumを含む多くの属によって代表される)が充てられる。キク科内ではキク連(Anthemideae、階級を伴わずクレードとして扱われる場合もある)に属し、属としてはキク属(Chrysanthemum)に位置づけられる。

キク属には、チョウセンノギクやシマカンギクをはじめとする多数の野生種が東アジアを中心に分布しており、これらの野生種間で繰り返された自然交雑と、それに続く人為的な選抜・育種の過程を経て、現在のキク(Chrysanthemum morifolium)という複雑な遺伝的背景を持つ栽培種が成立したと考えられている。キク属の野生種の多くは基本染色体数を9とする倍数性の系列を形成しており、栽培ギクは複数の野生種に由来する遺伝子群が組み合わさった異質倍数体(アロポリプロイド)に近い性質を持つとされる。このような複雑な雑種形成と倍数化の過程は、キク属における種分化と栽培化がどのように進行してきたかを考える上で重要な手がかりを与えるものであり、また花形・花色の著しい多様性という表現型上の特徴を生み出した進化的背景としても位置づけられる。


第2版:2026-07-18.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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