クリサンセマム

概要

クリサンセマム(Chrysanthemum)は、キク目キク科キク亜科クリサンセマム属(Chrysanthemum)に属する植物の総称である。属名はギリシャ語の「chrysos(黄金)」と「anthemon(花)」に由来し、「黄金の花」を意味する。かつてはキク属として広義に用いられ、マーガレットやシャスタデイジーなど多数の種を含む大属として扱われていたが、現代の分子系統学的研究に基づく再編により、クリサンセマム属の概念は大幅に整理され、現在は主として地中海沿岸および西アジアを中心に分布する約40種前後を含む属として定義されている。

本属の代表的な種としては、観賞用として広く栽培されるクリサンセマム・コロナリウム(Chrysanthemum coronarium、シュンギク)、クリサンセマム・セゲトゥム(Chrysanthemum segetum)、クリサンセマム・カリナトゥム(Chrysanthemum carinatum)などが挙げられる。なお、日本で一般に「菊」と呼ばれる栽培ギク(Chrysanthemum morifolium)も現在はクリサンセマム属に含められており、広義のクリサンセマムとして扱われることが多い。

形態的特徴

クリサンセマム属の植物は一年草または多年草であり、種によって生活型が異なる。草丈は種によって差があるが、おおむね20〜100センチメートルの範囲に収まるものが多い。茎は直立し、上部で分枝する傾向がある。茎の表面は無毛のものから細毛を散生するものまで種によって異なる。

葉は互生し、形態は種によって多様であるが、羽状に深裂ないし全裂するものが多く、縁には鋸歯または不規則な切れ込みをもつ。葉質はやや肉厚で、表面に光沢をもつものもある。葉の基部は茎を抱くように広がる場合がある。

花は頭状花序を形成し、茎頂または葉腋から伸びる花柄の先端に単生する。頭状花序は周辺部に舌状花、中央部に筒状花(管状花)を配する典型的なキク科の構造をとる。舌状花は通常1〜数列に並び、白色・黄色・橙色・赤色・紫色など種および品種によって多彩な色彩を示す。筒状花は黄色を基本とし、両性花である。総苞は半球形ないし椀形であり、総苞片は数列に重なり合い、縁は膜質となる。

果実は痩果であり、冠毛は退化的または欠如する。種子は小型で、風散布よりも重力散布または動物散布に依存するものが多い。

分布と生態

クリサンセマム属の自生地は主として地中海沿岸地域(北アフリカ・南ヨーロッパ・イベリア半島)および西アジア・中央アジアに広がっており、乾燥または半乾燥気候に適応した種が多い。一部の種はヨーロッパ内陸部や東アジアにまで分布を広げている。

生育環境は種によって異なるが、日当たりの良い開けた草地、岩礫地、耕作地の周辺、海岸近くの砂地など、比較的栄養の乏しい環境に生育するものが多い。一年草種は冬から春にかけて発芽・生育し、夏の乾燥期に結実・枯死するという地中海型の生活史をとるものが典型的である。多年草種は根茎や株によって越夏・越冬する。

受粉は主として昆虫媒であり、ハナアブ類・ハチ類・チョウ類など多様な訪花昆虫が花粉媒介者として機能する。頭状花序の構造は多数の小花を一か所に集めることで訪花効率を高めており、昆虫誘引に効果的な適応形質と考えられている。

栽培種および帰化した種については、原産地以外の地域においても広く分布を拡大しており、ヨーロッパ・北米・東アジア・オーストラリアなど世界各地で栽培または逸出個体が確認されている。

生理・化学的特徴

クリサンセマム属の植物はキク科に特徴的なテルペノイド系化合物を多く含む。特に精油成分としては、カンファー、ボルネオール、クリサンテモン、パルテノリドなどのセスキテルペンラクトン類が含まれており、これらが独特の芳香や苦味の原因となっている。

葉・茎・花に含まれるピレスリン(ピレスロイド)は、殺虫活性をもつ天然化合物として知られており、特にジョチュウギク(現在はTanacetum cinerariifoliumとして分類される)に多量に含まれる。クリサンセマム属の一部の種にも類似の成分が検出されており、昆虫に対する防御物質として機能していると考えられている。

フラボノイド類(アピゲニン・ルテオリン・クエルセチンなど)も広く含まれており、抗酸化・抗炎症活性が研究されている。また、クロロゲン酸などのフェノール酸類も含有が確認されている。

シュンギク(Chrysanthemum coronarium)においては、β-カロテン・ビタミンK・葉酸・鉄分などの栄養成分が豊富であることが知られており、食用植物としての栄養価も評価されている。

一部の種および品種においてはアレルゲン性が報告されており、セスキテルペンラクトン類が接触性皮膚炎の原因物質となることがある。園芸従事者や切り花取扱者においてアレルギー症状が生じる場合があるため、注意が必要である。

人との関わり

クリサンセマム属の植物は古くから人間との密接な関わりをもってきた。食用植物としては、シュンギク(Chrysanthemum coronarium)が東アジアにおいて広く食用に供されており、日本・中国・韓国・台湾などでは鍋料理・炒め物・おひたしなどに利用される代表的な葉野菜である。地中海沿岸地域においても若葉をサラダとして利用する食文化が存在する。

観賞植物としての利用は非常に広範であり、クリサンセマム・カリナトゥム(Chrysanthemum carinatum)やクリサンセマム・セゲトゥム(Chrysanthemum segetum)は一年草の花壇植物として世界各地で栽培されている。色鮮やかな舌状花と整った花形が観賞価値を高めており、春から初夏にかけての花壇や切り花として広く流通している。

日本において「菊」として広く親しまれる栽培ギク(Chrysanthemum morifolium)は、平安時代以降に中国から導入され、以後、日本独自の品種改良が積み重ねられてきた。菊は皇室の紋章(菊花紋)として用いられるとともに、茶道・生け花・園芸など日本文化の広い領域において深く根付いている。また、食用菊として花弁を酢の物・刺身のつまなどに利用する食文化も日本各地に存在する。

薬用としては、中国伝統医学(漢方)において菊花(キッカ)として乾燥花が利用されており、清熱・明目・解毒などの効能が古来より認められている。菊花茶は中国・台湾・香港などで広く飲用されており、現代においても健康飲料として高い人気を保っている。

害虫防除の分野においては、ピレスリンを含む近縁種が天然殺虫剤の原料として利用されてきた歴史があり、現代の合成ピレスロイド系殺虫剤の開発にもクリサンセマム属の化学的知見が寄与している。

系統的位置と進化的特徴

クリサンセマム属(Chrysanthemum)はキク目(Asterales)キク科(Asteraceae)キク亜科(Asteroideae)に含まれる。キク科はおよそ2万3000種以上を擁する被子植物最大級の科であり、クリサンセマム属はその中でもキク連(Anthemideae)に位置づけられる。

キク連は地中海地域を中心に多様化した分類群であり、ヨモギ属(Artemisia)・カモミール属(Matricaria)・ジョチュウギク属(Tanacetum)・ナツシロギク属(Leucanthemum)・マトリカリア属などの近縁属を含む。かつてこれらの属の多くはクリサンセマム属に一括して含められていたが、20世紀後半から21世紀にかけての分子系統解析により、クリサンセマム属の概念は大幅に見直された。現在のクリサンセマム属は、従来の広義クリサンセマムから多数の属が分離・独立した結果として再定義された狭義の属である。

栽培ギク(Chrysanthemum morifolium)の起源については、Chrysanthemum indicum(イエギク)を主要な祖先種として、複数の野生種との交雑・多倍数化によって成立した複雑な雑種起源をもつと考えられている。栽培ギクのゲノムは高度な多倍数体(主として六倍体)であり、長期にわたる人為選択と品種改良の歴史がその遺伝的多様性に反映されている。

キク科全体の進化的特徴として、頭状花序の形成・痩果への特化・菊糖(イヌリン)の蓄積などが挙げられるが、クリサンセマム属においてもこれらの特徴は広く共有されている。地中海地域における乾燥適応と、昆虫との共進化的な花形質の発達が、本属の多様化を推進した主要な要因と考えられている。


第2版:2026-06-11.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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