
Cerasus serrulata 'Chousiuhizakura'.バラ科サクラ属(Rosaceae Cerasus)。落葉高木。
チョウシュウヒザクラは、バラ科サクラ属のサトザクラ群(Cerasus Sato-zakura Group)に属する日本原産の栽培品種である。和名「長州緋桜(ちょうしゅうひざくら)」は、地名「長州」と花色の「緋(ひ)」を組み合わせたものであるが、品種の発祥地は長州(現・山口県)ではなく、江戸期に東京府江北村(現・東京都足立区)の荒川堤で栽培されていたとされる。なぜ、長州という名前がついたのか、具体的な理由は判明していない。「緋」の字が示すとおり、濃い紅紫色の大輪花が最大の特徴であり、満開時には枝を覆う花が牡丹のような豪奢な印象を与えることから「ボタン桜」の異名も持つ。
本品種は江戸時代より栽培されてきた歴史を持ち、明治期には荒川堤の桜の名所に植えられて広く知られるようになった。一方、石川県金沢市の兼六園に江戸時代から保存されてきた「ケンロクエンクマガイ(兼六園熊谷)」との関係については長く議論が続いてきたが、2014年に発表された森林総合研究所のDNA解析によって両者が同一クローンであることが科学的に確認された。
花の美しさと歴史的価値の両面において評価が高く、新宿御苑・兼六園・多摩森林科学園などに植栽個体が現存する。サトザクラの代表的品種のひとつとして、日本のサクラ文化を語る上で欠かせない品種である。
樹形は盃状(さかずき型)で、樹高は亜高木相当の通常5〜10 mに達する。幹は比較的細く直立し、老木では樹皮が横に帯状に裂けてはがれる桜皮(さくらがわ)の特徴を示す。枝は斜上〜水平に広がり、樹冠は半球状をなす。
葉は単葉・互生で、長楕円形〜倒卵形、長さ8〜12 cm・幅3〜5 cm程度。葉縁には重鋸歯を持ち、先端には長い尖鋭頭が発達する。葉柄は長さ1.5〜3.5 cmで、葉柄上部に1〜2対の蜜腺を持つ。展葉初期の葉は赤茶色〜古銅色を帯び、これが花の紅紫色と対比して独特の景観をつくる。展葉は開花とほぼ同時または直前に始まる。
花は散形状に2〜5個が束生し、4月中旬(東京基準)に開花する。花径は3〜4 cmの大輪で、花色は濃い紅紫色(紫紅色)を基調とし、開花直後は花弁の縁の紅色が中心部よりも著しく濃く、グラデーション的な色調が際立つ。花弁数は通常5〜12枚の半八重〜不規則八重咲きで変異が大きく、花弁化した雄蕊に由来する旗弁(はたべん)が多数混じるため、花の輪郭は複雑で豪奢な印象を与える。萼片は5枚、長楕円形で先端は鈍頭〜鋭頭。花托筒は鐘形または漏斗形。
果実(核果)は球形〜卵形で、熟すと黒紫色になるが、多くの個体では結実量は少ない。これは八重化・花弁化に伴い雌蕊・雄蕊が変質している花が多いためである。
| 草丈/樹高 | 5mから10m. |
| 葉 | 葉序[phyllotaxis]は互生[alternate].単葉[不分裂葉]. |
| 花 | 花序[inflorescence]は散房花序. |
チョウシュウヒザクラは栽培品種(cultivar)であり、自然分布を持たない。現存する植栽個体は日本各地の公園・庭園・樹木園等に分散して保存されているが、総数は多くない。
代表的な植栽地として、新宿御苑(東京都)に花付きの良い大個体1本が知られ、森林総合研究所(茨城県つくば市)のチョウシュウヒザクラ、公益財団法人日本花の会の結城農場(茨城県結城市)にもチョウシュウヒザクラとして3本が保存されている。ケンロクエンクマガイとして保存されているものも同一品種であり、石川県金沢市の兼六園に樹齢300年以上と推定される原木2本(初代・2代目)が現存する。
生態的特性は母種オオシマザクラのそれを広く引き継ぎ、落葉広葉樹として冷温帯〜暖温帯の気候に適応する。日本の春の温帯性気候に対応して3〜4月に展葉・開花し、夏季に旺盛な光合成を行い、秋に紅葉・落葉する年周期を繰り返す。東京付近での開花期は4月中旬であり、ソメイヨシノより1〜2週間遅れて開花する晩咲き品種に属する。
栽培品種のため、接ぎ木によって無性的に繁殖される。台木にはオオシマザクラ、エドヒガン、または同属の近縁種が用いられることが多い。したがって、各地に植栽されている個体は遺伝的に均一なクローンである。
チョウシュウヒザクラの花の濃紅紫色は、花弁に蓄積するアントシアニン色素(主にシアニジン・ペラルゴニジン系配糖体)の高濃度の発現によるものである。DNA解析の結果、本品種はオオシマザクラを主体として誕生したとされているが、オオシマザクラの花弁は通常白色であり、この濃紅紫色の発現は育種・選抜の過程でアントシアニン生合成経路の活性化突然変異が起きて固定されたものと解釈されている。同様のアントシアニン高発現はカンザン(関山)でも確認されており、両品種はオオシマザクラに起源を持つ濃色系品種として位置付けられている。
花弁縁部が中心部より紅色が濃くなる現象(縁取り効果)は、花弁の端部において細胞内pHや液胞のアントシアニン補色因子(コピグメント)の濃度勾配が生じることに起因すると考えられている。また、開花後の経時変化とともに花弁の色素分布が均一化する傾向がある。
旗弁の発達は花器官形成遺伝子(MADS-box遺伝子群)の変異・重複発現による雄蕊の花弁化と解釈されており、サトザクラ全般に共通する特性である。旗弁率が高い花では花粉生産が抑制されるため、虫媒による受粉効率は低下するが、花の装飾性は著しく高まる。
バラ科サクラ属全般と同様、樹皮・葉・種子には青酸配糖体(アミグダリン・プルナシン等)が含まれ、大量摂取は中毒を引き起こす可能性がある。ただし塩漬けにした花・葉は伝統的に食用利用されており、適切な処理により青酸の大部分は分解される。
チョウシュウヒザクラは江戸時代を起源とするサトザクラの歴史的品種であり、日本の桜文化を代表する存在のひとつである。江戸期に庶民の花見文化の舞台となった荒川堤(現・東京都足立区)に植えられた桜のひとつとして知られ、明治期には花見の名所として人々に愛された。荒川堤の桜は、明治から昭和にかけての都市化・戦禍の中でその多くが失われたが、チョウシュウヒザクラは新宿御苑等への移植・保存によって今日まで命脈を保っている。
石川県の兼六園におけるケンロクエンクマガイとの同一性確認は、日本の桜保存・文化史研究に重要な意義を持つ。兼六園の原木は水戸藩から加賀藩に贈られた由緒ある個体とされており、江戸時代の大名文化と桜の品種保存が連動していた歴史を示している。初代の原木は樹齢300年以上と推定され、日本最古級のサトザクラ栽培個体のひとつである。
また、ヨコハマヒザクラ(横浜緋桜)の育種においてチョウシュウヒザクラ(ケンロクエンクマガイ)がカンヒザクラとの交配親として用いられており、現代の品種育種においても重要な遺伝資源としての役割を担っている。
観賞上の特性としては、濃紅紫色の大輪花が密に咲く豪華な花姿が高く評価されており、新宿御苑・日光植物園・多摩森林科学園などにおいて、桜の品種コレクションの重要な一角として一般公開されている。花の色と開花時期の個性から、ソメイヨシノとは異なる鑑賞体験を提供する品種として位置づけられている。
チョウシュウヒザクラはAPG IV分類体系において、バラ目(Rosales)・バラ科(Rosaceae)・サクラ亜科(Amygdaloideae)に置かれる。属名については、日本では1992年の大場秀章による論文発表以降、サクラ類をスモモ属(Prunus)から独立させたサクラ属(Cerasus)の使用が主流となっているが、欧米では広義スモモ属(Prunus)として扱う慣行が続いており、両表記が並存している。本品種は栽培品種(cultivar)であるため、国際栽培植物命名規約(ICNCP)に基づく品種名 'Choshu-hizakura' の使用が正式であり、国際植物命名規約(ICN)のラテン語名は適用されない。
2014年に発表された森林総合研究所のSSR核マーカーを用いたDNA解析は、チョウシュウヒザクラの親種をオオシマザクラ(Cerasus speciosa)を主体とし、タカネザクラ(Cerasus nipponica)が交雑相手であることを明らかにした。この結果は従来のオオヤマザクラ起源説を否定するものであり、形態的類似(大輪・濃色)に基づく従来の親種推定の限界と、DNA解析による品種同定の有効性を示す典型例となっている。同解析はさらに、ケンロクエンクマガイとの同一クローン性を確認した。
サトザクラ群の品種全般において、花弁の多数化(八重化)と濃色化はしばしば連動して観察される。これは、MADS-box遺伝子(特にAP3/PIホモログ)の異所的発現が雄蕊の花弁化を招くとともに、アントシアニン生合成に関与するMYB転写因子の活性化が同時に起きた個体が選抜育種の対象となったためと解釈されている。チョウシュウヒザクラはこの二重の形質変化を体現する品種として、サクラの園芸化プロセスを理解する上でのモデル的事例を提供している。
バラ科サクラ属の系統進化については近年のゲノム解析が急速に進展しており、日本産野生種(ヤマザクラ・オオシマザクラ・エドヒガンなど)が東アジアを中心に比較的最近(数百万年以内)に種分化したことが示されている。チョウシュウヒザクラを含むサトザクラ群は、これらの野生種の複雑な種間交雑によって誕生した多起源的な品種群であり、一品種ごとに固有の交雑史を持つ。その多様な遺伝的組成の解明は、栽培植物としての桜の進化史研究において今後も重要な課題であり続けている。

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第2版:2026-04-26.
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.