
サルビア・ファリナセア(Salvia farinacea cv.)は、シソ科(Lamiaceae)アキギリ属(Salvia)に属する多年草であり、和名をケショウサルビアという。学名はSalvia farinacea Benth.であり、種小名のfarinaceaはラテン語で「粉をまぶしたような」を意味し、花序の軸や萼に生える白色の微毛が粉をふいたように見えることに由来する。原産地はメキシコ北東部のヌエボ・レオン州を中心とし、アメリカ合衆国のテキサス州やオクラホマ州にも自生が及ぶ。本種は温帯域では耐寒性に乏しいため一年草的に扱われることが多いが、原産地に近い温暖な地域では宿根性の多年草として生育する。園芸分野では多数の栽培品種(cv.)が作出されており、青紫色の花穂を密に立ち上げる草姿の美しさから、花壇や鉢植えの定番植物として世界的に広く利用されている。
草丈はおおむね60から90センチメートルに達し、株はよく分枝してこんもりとした草姿を形成する。葉は対生し、卵状披針形から線状披針形まで変異があり、多くのアキギリ属植物に見られるような柔毛に覆われたビロード状の質感とは異なり、光沢のある比較的滑らかな葉面を持つ点が本種を近縁種から区別する特徴の一つとなっている。
花序は茎頂に伸びる穂状の花序で、花軸には白色、まれに青色を帯びた短毛が密生し、これが種小名の由来ともなっている粉状の外観を呈する。萼は先端が切形に近い形状を示し、萼歯は非常に短く、密生する毛のために個々の萼歯がほとんど識別できないほどである。花冠はシソ科に特有の二唇形で、青紫色を基調とし、長さはおよそ2.5センチメートルほどである。花冠の内側には環状の毛帯を欠く点も分類上の識別形質として用いられる。栽培品種には花色が白色のものや、草丈の低い矮性のものなど、多様な変異が選抜されている。
本種の自生地はメキシコ北東部から米国南部にかけての乾燥から半乾燥の草原や岩礫地であり、石灰岩質の土壌を好む傾向がある。日当たりのよい開けた環境に生育し、高い耐暑性と耐乾性を備える一方で、耐寒性は限定的であり、氷点下が続くような気候では地上部が枯死する。原産地に近い温暖な地域では宿根草として越年するが、それより寒冷な地域では春に播種または植え付けを行い、晩春から晩秋にかけて開花を続ける一年草的な栽培形態がとられる。
花は蜜量が豊富で、原産地においてはハチドリ類や各種のハナバチ、チョウ類など幅広い訪花者を誘引する蜜源植物として機能している。長い花期にわたって次々と新しい花を開くことから、送粉者に対して安定的な資源を提供する生態的役割を担っていると考えられる。栽培環境下においても同様に、送粉昆虫を庭園に誘引する植物として評価されている。
アキギリ属植物は一般に、フェノール性化合物やテルペノイド類を豊富に含むことで知られ、本種もその例に漏れない。近縁の栽培品種であるヴィクトリア・ブルー('Victoria Blue')を対象とした研究では、水性の抽出液中にフェノール性化合物が確認され、脂質過酸化の抑制や活性酸素種の消去、抗菌活性など、複数の生物活性が報告されている。アキギリ属全般に共通する成分としては、ロスマリン酸に代表されるフェノール酸類、カルノシン酸やカルノソールなどのアビエタン型ジテルペン類、各種のフラボノイドが挙げられ、これらは抗酸化的な防御機構や食害に対する化学的防御に関与しているとみなされている。
また、花冠の青紫色はアントシアニン系色素に由来するものであり、シソ科植物に広く見られる色素代謝経路によって生合成される。精油成分についてはモノテルペン類やセスキテルペン類を含む香気成分がシソ科植物の特徴として一般に知られるが、本種は薬用サルビア(Salvia officinalis)などに比べて精油や薬理成分に関する研究例は限られており、香辛料や薬用としての利用はほとんど行われていない。
本種は主として観賞用の花壇植物として世界各地で広く栽培されており、和名のケショウサルビアのほか、園芸的にはブルーサルビアの名でも流通する。青紫色の花穂が長期間にわたって咲き続ける性質から、夏花壇の背景植栽や切り花、ドライフラワーの素材として重用される。栽培品種としては、濃青紫色の'Victoria Blue'、銀白色の萼が目立つ'Silver'または'Cirrus'、矮性で扱いやすい'Rhea'や'Evolution'など多数が作出されており、いずれも本種を基とした選抜品種である。
さらに、本種は近縁種であるサルビア・ロンギスピカータ(Salvia longispicata)との種間交雑にも用いられており、両種の自然交雑に由来する'インディゴ・スパイアーズ'('Indigo Spires')や、その後継として作出された'ミスティック・スパイアーズ・ブルー'('Mystic Spires Blue')などの交雑園芸品種が高い人気を博している。これらの交雑品種は本種由来の花色の美しさと、他方の親に由来する旺盛な生育性を併せ持つことから、現代の園芸市場において重要な位置を占めている。原産地であるメキシコや米国南部では、送粉者を誘引するネイティブプランツ的な緑化植物としても利用が進んでいる。
本種はキク類のうちシソ目(Lamiales)シソ科(Lamiaceae)に位置づけられる。シソ科の中ではハッカ亜科(Nepetoideae)に属し、その内部でハッカ連(Mentheae)というグループに含まれる。ハッカ連はさらにいくつかの亜連に細分され、本種を含むアキギリ属はサルビア亜連(Salviinae)に位置づけられる。アキギリ属はシソ科の中でも際立って種数が多い属の一つであり、世界に900種以上が知られる大属である。
属内では、いわゆる二唇形の花冠と、雄しべの花糸と葯隔が特殊な梃子状の構造(レバー機構)へと変形している点が特徴的であり、この構造はハナバチ類を中心とする送粉者との相互作用を通じて進化してきたと考えられている。本種が分類される亜属カロスファケ(Salvia subg. Calosphace)は新大陸を中心に多様化した大きなグループであり、本種はその中でもファリナケアエ節(Salvia sect. Farinaceae)に位置づけられる。なお、近年の分子系統学的研究では、旧来独立属として扱われてきたローズマリー属(Rosmarinus)などがアキギリ属の内部に含まれることが示されており、アキギリ属全体の単系統性を保つために属の再編が進められている点も、本属の系統分類における近年の重要な論点となっている。
初版:2006-08-19@京都府立植物園.
第2版:2026-07-19.
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