
ミミモチシダ(耳持羊歯)は、ヘツカシダ科(Pteridaceae)ミミモチシダ属(Acrostichum)に属する大型のシダ植物である。学名はAcrostichum aureum L.であり、英名ではgolden leather fernやmangrove fernと呼ばれる。マングローブ林の縁辺部や汽水域の湿地に群生する代表的な大型シダとして知られ、熱帯・亜熱帯の沿岸湿地生態系において重要な位置を占める植物である。
葉は羽状複葉で、長さ1.8メートルほどに達する大型の葉を叢生する。小葉は革質で光沢のある濃緑色を呈し、互生してやや間隔を空けて配置される。外側の葉はやや側方に弓なりに垂れるが、中心部の葉はほぼ直立する。胞子葉は栄養葉とは異なり、先端部の小葉の裏面全体に胞子嚢群が一様に広がって形成される、いわゆる「無縁性」の胞子嚢配置を示す点が本属に特徴的な形態である。葉柄基部は肥厚し、湿地の軟弱な基盤に耐えるための構造を持つ。
本種はインド洋・西太平洋域から大西洋東岸域にかけて、熱帯・亜熱帯の広い範囲に分布する、マングローブ性シダの中でも最も分布域の広い種である。汽水の影響を強く受けるマングローブ林の陸側縁辺部や河川・水路沿いに好んで生育し、十分な日照が得られる攪乱地や開けた環境にも進出する、いわゆる陽生植物としての性質を持つ。近縁種のミミモチシダモドキ(Acrostichum speciosum)がマングローブ林床の陰湿な高潮間帯に生育するのに対し、本種はより日当たりの良い環境を好む点で生態的なすみわけが見られる。塩分を含む湿地環境に適応しており、耐塩性を有する数少ないシダ植物の一つである。
本種は汽水域という高塩分環境に耐える生理的適応を持ち、根や葉における塩類調節機構がその生育を支えていると考えられている。化学的には、フラボノイドやフェノール化合物など多様な二次代謝産物を含むことが報告されており、これらの成分について抗酸化作用や抗菌作用など複数の生物活性が調べられている。また本種は重金属をはじめとする汚染物質を組織内に蓄積する能力を持つことが知られ、マングローブ生態系における環境浄化機能の一端を担う植物として注目されている。
ミミモチシダは、東南アジアなどの沿岸地域において、若い葉が野菜として食用に供されることがあるほか、伝統医療において葉や根茎の抽出物が民間療法に利用されてきた歴史を持つ。近年では、重金属や汚染物質を蓄積する性質に着目し、汚染土壌や排水の浄化を目的としたファイトレメディエーション(植物による環境浄化)への応用可能性が研究されている。また、マングローブ生態系の重要な構成種として、沿岸の生物多様性保全や防災機能の観点からもその存在が注目されている。
ミミモチシダはウラジロ目(Polypodiales)ヘツカシダ科(Pteridaceae)に属し、科内ではミミモチシダ亜科(Parkerioideae)ミミモチシダ属(Acrostichum)に分類される。より広い系統的位置としては、維管束植物(Tracheophytes)のうち大葉シダ類(Polypodiopsida)に含まれる。ヘツカシダ科の中でミミモチシダ属は、胞子嚢が葉裏全体に一様に広がって形成される点で、明瞭な胞子嚢群を形成する近縁属とは異なる派生的形質を示す。この形質はかつて広く「無縁性シダ」として一括される分類群の指標とされてきたが、分子系統解析により、この形質は複数系統において独立に獲得された収斂形質であることが明らかとなっている。本属がマングローブという特異な塩性湿地環境に適応した点も、シダ植物としては比較的稀な進化的特徴である。
第2版:2026-07-24.
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