
ビロードサンシチ(学名:Gynura bicolor)は、キク目(Asterales)キク科(Asteraceae)サンシチソウ属(Gynura)に属する多年生草本植物である。和名の「ビロードサンシチ」は、葉面がビロード状の質感をもつことと、サンシチ(三七)の名をもつ薬用植物群との類縁・類似に由来する。別名としてスイゼンジナ(水前寺菜)、あるいはハンゴンソウ、金三七などとも呼ばれることがある。スイゼンジナという名は、熊本県の水前寺地区において古くから栽培・食用とされてきた歴史的経緯に由来するものであり、とくに九州地方では食用野草・健康野菜としての認知度が高い。
原産地は中国南部から東南アジアにかけての地域と考えられており、現在では東アジア・東南アジアの熱帯〜亜熱帯地域に広く分布するほか、日本各地でも主に観賞用・食用として栽培されている。葉の表面が深緑色、裏面が鮮やかな紫色を呈するという二色性の葉が最大の特徴であり、この視覚的な印象がムラサキオモトなど他の紫葉植物とともに「紫葉野菜」として注目を集める一因ともなっている。
ビロードサンシチは直立〜斜上する茎をもつ多年生草本であり、草丈は通常30〜80センチメートル程度に達する。茎は多汁質でやや肉厚であり、断面は円形〜やや稜をもつ。茎の表面には短い軟毛が密生しており、これが全体にビロード状の質感をもたらす要因のひとつとなっている。茎は成熟するにつれて基部から木質化する傾向があり、株は年を経るにしたがって半木本状になる場合もある。
葉は単葉で互生し、卵形〜楕円形の形状をもつ。葉身の長さは6〜15センチメートル、幅は3〜8センチメートル程度であり、葉縁には不規則な鋸歯がある。葉の基部は耳状に張り出して茎を抱くか、あるいは葉柄に沿って翼状に流れる。葉の質は薄肉質〜やや多肉質であり、両面に短毛が生じてビロード様の触感をもたらす。
葉の最大の特徴は表裏の鮮烈なコントラストにある。葉表(上面)は深緑色〜暗緑色を呈し、葉脈部に沿ってやや濃色になる傾向がある。一方、葉裏(下面)は均一な鮮紫色〜赤紫色に着色されており、この二色性が本種の最も顕著な識別形質となっている。若葉ではこの紫色がとくに鮮明であるが、老葉では褪色する傾向がある。
花は茎頂や上部の葉腋から生じる散房花序に多数の頭花を形成する。頭花はキク科に典型的な頭状花序構造をとるが、舌状花(ラジアルフラワー)を欠き、すべてが筒状花(ディスクフラワー)からなる点が本種の特徴である。花冠は橙黄色〜黄色を呈し、直径は1センチメートル前後と比較的小型である。総苞は筒形で、総苞片は2列に並ぶ。果実は痩果であり、白色の冠毛をもち風によって散布される。
ビロードサンシチの原産地は中国南部(雲南省・広東省・広西チワン族自治区など)から台湾、インドシナ半島にかけての地域と考えられており、熱帯〜暖温帯の多湿な環境を本来の生育地としている。現在では東南アジア全域・インド・スリランカ・太平洋諸島などにも分布が広がっており、一部は人為的導入に伴う帰化個体群である。
日本においては、江戸時代以前から九州地方(とりわけ熊本)を中心に栽培されてきた歴史があり、現在でも九州・四国・沖縄など温暖な地域での栽培が多い。本州中部以南では露地栽培も可能であるが、寒冷地では冬期に地上部が枯れるため、鉢植えで管理される場合もある。強い霜には弱いが、根が生きていれば春に再萌芽する宿根性を示す。
生育環境への適応幅は比較的広く、半日陰から直射日光下まで生育できる。多湿な環境を好む一方で、成熟した株は短期間の乾燥にも耐える。排水良好な土壌を好み、過湿条件では根腐れを起こしやすい。栄養繁殖能力が高く、茎の断片から容易に発根・再生するため、挿し木による増殖が一般的に行われる。種子繁殖も可能であるが、栽培下では結実しにくい場合もある。
野生化した個体群が沖縄県をはじめとする南西諸島で確認されており、路傍や林縁などに帰化している例がある。ただし爆発的な侵略性は報告されておらず、現時点では深刻な侵略的外来種としての扱いは受けていない。
ビロードサンシチの葉裏に発現する紫色は、ムラサキオモトと同様にアントシアニン系色素の蓄積に由来する。主として含まれるアントシアニンはシアニジン配糖体およびクロロゲン酸誘導体であることが報告されており、これらが光保護・抗酸化の機能的役割を担うと考えられている。
本種の葉はポリフェノール類・フラボノイド類を豊富に含むことが複数の研究で報告されている。とくにルチン・クロロゲン酸・カフェオイルキナ酸誘導体などが検出されており、これらの化合物が抗酸化活性・抗炎症活性・血糖値抑制作用などを示すことがin vitroおよび動物実験レベルで示されている。ただし、ヒトにおける臨床的有効性の確立にはさらなる研究が必要であり、現時点では補完代替医療的な位置づけにとどまる。
また、葉にはβ-カロテン・ルテイン・ビタミンC・ビタミンK・葉酸などの栄養素が含まれることも報告されており、食用野菜としての栄養価が評価されている。カルシウム・鉄・カリウムなどのミネラル含量も比較的高いとされる。
スイゼンジナ(ビロードサンシチ)は「ギムネマ酸」のようなはっきりした甘味抑制物質は含まないが、葉を生食したときにわずかに粘質感があるのはムチラジン様の多糖類の存在を示唆するという報告もある。伝統的な使用では、茎葉を茹でると粘りが出ることが知られており、この性質がオカノリ(Abelmoschus manihot)などのネバネバ野菜と並んで食感の特徴として知られている。
毒性については、通常の食用量であれば安全と考えられているが、本属(サンシチソウ属(Gynura属))の植物全般にピロリジジンアルカロイド(PA)を含む種が存在することが知られており、同属他種ではPA汚染による肝毒性が報告されている。Gynura bicolor自体のPA含量については報告によって見解が異なり、過剰摂取・長期大量摂取に対しては慎重な姿勢が求められる。
ビロードサンシチ(スイゼンジナ)は、日本においては少なくとも江戸時代から食用野草として利用されてきた歴史をもつ。熊本藩の水前寺周辺での栽培が記録に残されており、「水前寺菜」という名はこの地に由来する。葉を湯がいて和え物・おひたし・汁の実・天ぷらなどに利用するほか、生葉をサラダに用いる場合もある。茎葉に含まれるアントシアニンが調理の過程で色素を放出し、料理に紫〜赤紫色の鮮やかな色合いをもたらすという視覚的な特徴もある。
東南アジアでは広く食用とされており、フィリピン・インドネシア・タイ・ベトナムなどでは炒め物・スープ・生食など多様な調理法で日常的に消費されている。台湾でも「紅鳳菜」の名で親しまれ、特に鉄分補給・補血効果をもつ食材として認知されている。
漢方・民間医学の分野では、本種は中国・台湾・東南アジア各国において止血・補血・解毒・消炎の効能をもつ薬草として利用されてきた伝統がある。打撲・外傷の際の外用薬(葉をすりつぶして患部に貼る)としての使用、あるいは月経不順・貧血・産後回復の補助としての内服が伝統的に行われてきた。
日本国内では近年「アンチエイジング野菜」「機能性野菜」としての注目が高まっており、スーパーフードとして扱う食品メディアや健康雑誌での紹介が増加している。熊本県では地域農産物としてブランド化の取り組みも行われており、地域固有の食文化資源として再評価される動きがある。また、葉の二色性と観賞価値から、観葉植物・家庭菜園植物としても人気があり、ホームセンターや園芸店でも広く流通している。
ビロードサンシチが属するサンシチソウ属(Gynura属)は、被子植物の中で真正双子葉類(Eudicots)、さらにキク類(Asterids)に位置し、キク目(Asterales)キク科(Asteraceae)に分類される。キク科の中では、キオン連(Senecioneae)に属しており、同連にはキオン属(Senecio)・ツワブキ属(Farfugium)・キク属(Chrysanthemum)の近縁群などが含まれる。
サンシチソウ属(Gynura属)はアフリカ〜アジアに分布する約40〜50種からなる属であり、熱帯・亜熱帯地域に多くの種が分布している。同属には観賞用として広く知られるGynura aurantiaca(パープルパッション、ビロードサンシチモドキ)があり、本種と同様に全体が紫色の毛で覆われるという特徴的な外観をもつ。また、同属のGynura procumbensは血糖降下・抗炎症作用をもつ薬用植物として東南アジアで広く利用されており、サンシチソウ属(Gynura属)全体として薬用価値の高い種を多く含む属として知られる。
キク科は被子植物の中でも最大の科のひとつであり、約1700属・2万3000種以上を擁する。キオン連はキク科の中でも早期に分岐した大きな連のひとつであり、世界に広く分布する多様な属を含む。サンシチソウ属(Gynura属)の系統的位置はキオン連の中で比較的明確に支持されているが、属の境界や種間関係については分子系統解析によって継続的に研究が進められている段階にある。
ビロードサンシチに見られる葉裏の紫色(アントシアニン蓄積)は、サンシチソウ属(Gynura属)の複数の種に共通して見られる形質であり、この形質が共有派生形質(シナポモルフィー)として属の単系統性を支持する可能性が示唆されているが、葉色の多様性がある同属内では収斂進化の可能性も否定できない。前述のピロリジジンアルカロイド(PA)の存在もキオン連全体に広く見られる化学的特徴であり、本属の系統的位置と整合する生化学的形質として位置づけられる。
キク科全体のゲノム研究および分子時計による推定では、キク科の多様化は白亜紀後期〜古第三紀にかけて急速に進行したと考えられており、サンシチソウ属(Gynura属)を含むキオン連もこの多様化の波の中で形成された系統であると推定される。ビロードサンシチはその食用・薬用・観賞用としての多面的価値と、アントシアニン蓄積という興味深い形質を合わせもつ植物として、今後の植物化学・機能性食品科学・進化生物学の各分野にわたる研究の対象として注目され続ける存在であろう。
第2版:2026-06-14.
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.