ヤコウボク

Cestrum nocturnum

ナス科ケストルム属[Solanaceae Cestrum]

ヤコウボク[夜香木]は, ナス科キチョウジ属[ケストルム属]に属する常緑低木であり, 学名を Cestrum nocturnum L. とする植物である.夜間に強い芳香を放つ特異な性質を持ち, 熱帯・亜熱帯地域において観賞用として広く栽培される種である.別名をヤコウカ[夜香花]といい, 英名はナイトジャスミン[Night jasmine]・レディ・オブ・ザ・ナイト[Lady of the night]などと呼ばれる.中国名は「夜香樹」.日本には明治初期に渡来し, 現在では南西諸島に帰化している.

分類と系統

ヤコウボクはナス科[Solanaceae]に属し, 同科にはトマト・ナス・ジャガイモ・タバコなど人類にとって重要な作物が多数含まれる.属名はキチョウジ属[Cestrum]が日本語での標準的な属名であり, ケストルム属とも呼ばれる.属名 Cestrum の語源は, 古代ギリシア語で「刺す・突き刺す」を意味する「κέστρον[késtron]」に由来し, 雄しべの形状が彫刻に用いられた道具に似ていることに由来するとされる.種小名 nocturnum はラテン語で「夜の」を意味し, 本種の夜間開花・夜間芳香という特徴を直接的に示している.

キチョウジ属[Cestrum]は主に中南米[熱帯アメリカ]を中心に約200種以上が分布する低木・小高木のグループであり, 芳香性の花を持つ種が多い.

ナス科は真正双子葉植物のナス目に属し, アルカロイドなどの二次代謝産物を生成することで知られており, 薬理作用や毒性を持つ種が多い点でも特徴的である.ヤコウボクも例外ではなく, 全草に毒性を有する.

形態的特徴

ヤコウボクは樹高1〜4m程度に成長する常緑低木であり, 幹は緑色を帯びる.多数の茎を伸ばして株立ちに育ち, 枝は弓なりに伸びる半蔓性の性質を持つ.

葉は淡緑色から濃緑色で, 長さ6〜20cm・幅3〜5cmの卵状から楕円状披針形.薄く互生し, 全縁で両面無毛, 長さ約1.5cmの葉柄を持ち, 先端は尖る.

花序は葉腋から伸びる円錐花序であり, 多数の小花が集まって咲く.花は淡黄緑色の筒状花で長さ1.5〜2.5cm, 先端は5裂して星形に平開し, 花径約1cm.花冠は合弁花冠で, 5枚の花弁が合着した筒部は細長く, 裂片は三角形.花は昼間は香らないが, 日没から約1時間経過すると強い甘い芳香を放ち始め, 翌朝まで香りが続く.この性質が夜行性の蛾類による送粉に適応したものであることは後述する.

開花期は春から秋[3〜11月]にわたり長期間にわたって断続的に開花する.

果実は楕円形の液果で径約1cm.はじめ緑色で, 熟すと白色に変わる.花とともに長期間見られる.

生理・生態的特性

ヤコウボクの最大の特徴は夜間における芳香の放出である.細長い花筒の奥に蜜を蓄え, 夜行性の蛾が口吻を差し込んで蜜を吸う際に体へ花粉が付着し, 他の花へと運ばれる仕組みを持つ.細長い花筒と夜間の芳香という組み合わせは, 蛾媒花[スフィンゴフィリー]に典型的な特徴とされる.この芳香は揮発性有機化合物[主にベンゼン環を持つ芳香族化合物などを含む]によって構成される.

香りは非常に強く, 密植した場合や風のない夜間には広範囲に漂い, 人によっては頭痛・呼吸器系の不快感を引き起こすことがある.

ナス科特有のアルカロイド[ソラニンなど]およびサポニンを含み, 全草, 特に果実に毒性がある.ペットや家畜の誤食にも注意が必要である.

生態と分布

ヤコウボクの原産地は西インド諸島から中央アメリカ・南アメリカ北部にかけての地域とされる.自生地は林縁・草地[藪]・河川沿いなどに見られる.現在では世界の熱帯・亜熱帯地域に広く導入されており, 日本には明治初期に渡来した.現在は南西諸島[沖縄など]に帰化が確認されている.

耐寒性は低く, 寒冷地では越冬が困難であるため, 本州などでは室内管理や温室栽培が一般的である.

利用と園芸的価値

ヤコウボクはその強い夜間芳香性により, 庭園植物として高い人気を持つ.特に夜間の庭・テラス・窓辺において香りを楽しむ目的で植栽されることが多い.花付きが良く生長も速いことから栽培しやすく, 鉢植えや庭木として広く利用される.香水・アロマオイルの原料としても利用される.挿し木で増やすことができる.

一方で香りが非常に強いため, 密植や狭い空間での栽培では人によっては不快・頭痛の原因となることもあり, 植栽場所の選定には配慮が必要である.また帰化・逸出による生態系への影響にも留意が必要である.

近縁種

キチョウジ属の近縁種として, 葉がやや厚いアツバヤコウボク[厚葉夜香木]が知られる.また同属のキチョウジ[Cestrum aurantiacum]は橙黄色の花を昼間にも咲かせる種として対比される.

文化的側面

「夜香木」という名称は夜間に香るという特性を直接的に表現したものであり, 中国名「夜香樹」も同様の命名原理に基づく.英名「ナイトジャスミン」もジャスミンに似た夜の香りに由来するが, ジャスミン[モクセイ科]とは無関係であり形態的・系統的な類似に基づく俗称である.

夜に香る花という特性は, 文学・園芸文化において「神秘性」「官能性」などの象徴として扱われることがあり, 「Lady of the night」という英名にもそうした文化的含意が反映されている.

総括

ヤコウボクはナス科キチョウジ属に属する西インド諸島・中央アメリカ原産の常緑低木であり, 夜間に強い芳香を放つという顕著な蛾媒花への適応を持つ植物である.ナス科特有のアルカロイド・サポニンによる毒性を有しながら観賞植物・芳香植物として高い価値を有し, 日本にも明治初期に渡来して現在は南西諸島に帰化している.形態・生態・化学・文化の各側面において興味深い特徴を備えた種である.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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