
シダレザクラ(枝垂桜、Prunus spachiana‘Pendula’)は、バラ科(Rosaceae)サクラ属(Prunus)に属する落葉高木である。広義には、枝が柔らかく垂れ下がる性質をもつサクラ全般を指す総称として用いられるが、狭義には、エドヒガン(Prunus spachiana、あるいはPrunus itosakura)から生じた枝垂れ性の栽培品種を指す。学名にはこのほかCerasus itosakuraやCerasus spachianaなど複数のシノニムがあり、サクラ属を細分してサクラ属(Cerasus)として独立させる分類上の立場も存在する。
細く柔らかな枝が糸のように幾筋も垂れ下がることから別名イトザクラ(糸桜)とも呼ばれ、古くから神社や寺院の庭園に植えられ、日本の花木文化を代表する存在として親しまれてきた。狭義のシダレザクラには野生での自生木は確認されておらず、平安時代にはすでに種子繁殖を通じて栽培化が進んでいたと考えられている点も、本種の成立過程を語るうえで重要な特徴である。
シダレザクラは、樹高4から20メートルほどになる落葉高木で、幹は太く直立するのに対し、そこから横に広がる太い枝から伸びる細い小枝が、柳のように長く垂れ下がるのが最大の特徴である。樹齢を重ねると幹はごつごつとした太い姿になり、直径1メートルに達する古木も知られる。
葉は長さ3から4センチメートル、幅2から3センチメートルほどの細長い楕円形で、両端が尖り、縁には細かな鋸歯がある。葉脈は細かく多数入り、その上には細毛が目立つ。花期は3月下旬から4月上旬にかけてで、葉の展開に先立って開花する点はエドヒガンの性質を受け継いだものである。花は直径2から3センチメートルほどの小輪で、淡紅色から白色を呈し、2個から4個ほどが垂れ下がるようにつく。花弁は5枚で先端が浅く二裂し、ほぼ水平に開く。萼筒は基部が丸く膨らみ、短毛をもつ。1本の雌しべを多数の雄しべが取り囲むようにつき、花柱の下部には軟毛が密生する。
狭義のシダレザクラは、栽培品種として日本各地の公園や寺社境内に植えられており、自生地をもたない。母種であるエドヒガンは、日本各地の山地に自生する野生種であり、非常に長寿であることで知られ、樹齢1000年を超える巨木も各地に残る。シダレザクラもこの長寿性を受け継いでおり、国の天然記念物に指定される福島県の三春滝桜をはじめ、樹齢を重ねた巨木が全国各地の名所として知られている。
シダレザクラの枝が垂れ下がる性質は、突然変異によって植物ホルモンの一種であるジベレリンの働きが不足し、枝の上側の組織を硬く形成できなくなった結果、枝の張りが重力に耐えられなくなることに起因すると考えられている。この枝垂れ性は遺伝的には潜性(劣性)の形質であるため、シダレザクラの種子から生じた実生からは、枝垂れない個体や、エドヒガンとの中間的な形質を示す個体も生まれる。全国に分布するシダレザクラの古木には遺伝的に異なる複数のクローンが含まれることが知られており、これは接ぎ木や挿し木による栄養繁殖だけでなく、他個体との交雑によって生じた種子からも増殖され、形態が類似していたために一つの栽培品種として扱われてきた経緯によるものと考えられている。冷涼な気候と日当たり、適度に湿った土壌を好み、日陰では生育や開花が不良となる。
シダレザクラを含むサクラ属の樹木は、樹皮や葉、花にクマリン配糖体の一種であるクマリンやその前駆体を含み、これが乾燥した葉に特有の芳香をもたらす成分のひとつとなっている。また、花弁や萼には、母種のエドヒガンと同様にシアニジン系のアントシアニンが含まれ、淡紅色から紅色にかけての花色の発現に寄与している。
枝垂れ性という樹形の特徴自体も、生理学的にはジベレリンの生合成や輸送に関わる遺伝子の変異によって説明される形質であり、通常であれば上方への伸長成長を支えるはずの木部組織の剛性が枝の上側で十分に発達しないため、枝が自重や重力に従って下方に垂れ下がることになる。この機構は、イチョウやカツラ、ケヤキなど、他の樹種に見られる枝垂れ性の発現機構とも共通する点が多いとされる。
シダレザクラは、平安時代の文献にすでに「しだり櫻」や「糸櫻」といった名で記録が見られるほど、古くから日本人に親しまれてきた花木である。神社や寺院の境内に好んで植えられ、京都祇園の円山公園や平安神宮、東寺、東京の六義園、仙台の榴岡公園など、全国各地に名所が存在する。花色の濃いベニシダレ(紅枝垂)や、八重咲きのヤエベニシダレ(八重紅枝垂)といった派生品種も広く栽培され、これらを合わせるとシダレザクラ系統が観賞用に植栽されるサクラの中でも大きな割合を占める。
成長が早く、単木として植えられたときにその垂れ下がる樹形が際立つ性質から、並木よりも一本の存在として鑑賞されることが多い。一方で成木になってからの移植は難しいとされ、古木として長く同じ場所にとどまり続けることが、各地の名木としての価値を高める一因ともなっている。京都府の県花に制定されるなど、地域の文化的象徴としての役割も担っている。
シダレザクラは、真正双子葉類(Eudicots)のうちバラ類(Rosids)に含まれるバラ目(Rosales)のバラ科(Rosaceae)に属する。バラ科はサクラ属をはじめ、リンゴ属やバラ属など経済的に重要な多くの属を含む大きな科であり、花式の基本構造として5数性の花被と多数の雄しべをもつ点で特徴づけられる。
サクラ属は、東アジアを中心に多様化した系統群であり、母種であるエドヒガンはこの属の中でも特に長寿の系統として知られ、ソメイヨシノをはじめとする多くの栽培品種の片親としても重要な位置を占める。シダレザクラは、このエドヒガンから生じた枝垂れ性の突然変異体が、種子繁殖と栄養繁殖の両方によって選抜・維持されてきた栽培品種であり、自然選択のもとで種分化した野生の分類群とは異なり、人間による選抜という選抜圧のもとで特定の形質が固定され、広められてきた点に特徴がある。枝が垂れ下がるという形質そのものは、イチョウやケヤキなど分類学的に大きく異なる樹木においても独立に出現することが知られており、植物の樹形制御に関わる遺伝的機構が、系統を超えてしばしば同様の変異を生み出す一例としても位置づけられる。
@小平。
第2版:2026-07-14.
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