ノイバラ

概要

ノイバラ(Rosa multiflora Thunb.)は、バラ科(Rosaceae)バラ属(Rosa)に属する落葉低木である。属名のRosaはラテン語の古名でバラを意味し、種小名のmultifloraは「多花の」を意味する。和名は、棘の多い低木類のバラを古来「茨(いばら)」と呼んでいたことに由来し、それが野生に生えるものであることから「野茨」すなわちノイバラの名がついたとされる。日本各地の日当たりのよい山野や河原に普通に自生する、いわゆる「野バラ」の代表種であり、初夏に純白の香り高い花を咲かせ、秋には赤い果実を結ぶ。観賞用のバラの育種における重要な原種の一つであるとともに、果実は古くから生薬として利用されてきた、日本人にとって身近な植物である。

形態的特徴

ノイバラは、樹高1メートルから2メートルほどになる落葉低木で、茎は直立して分枝するほか、他物にもたれかかるようにしてつる状に伸びることも多い。枝には対になった鉤形の鋭い棘がつく。葉は互生し、葉柄を含めて長さ5センチメートルから10センチメートルほどの奇数羽状複葉で、小葉は普通3枚から9枚からなる。小葉は倒卵形から楕円形、卵形で、縁には鋭い鋸歯があり、表面には光沢がなく、裏面には毛が密生するか、あるいはまばらに生える。托葉は葉柄に合着し、櫛の歯状に細かく切れ込む。

花期は5月から6月にかけてで、円錐花序に多数の花を密につける。花は直径1.5センチメートルから2センチメートルほどの白色の5弁花で、まれに淡紅色を帯びるものもあり、芳香を放つ。花弁の先端はわずかにくぼみ、雄しべは多数、花柱は合着して柱状になる。花後、花托筒が肉質に肥厚してバラ状果と呼ばれる偽果を形成する。この偽果は直径6ミリメートルから9ミリメートルほどの球形に近い形で、秋に光沢のある赤色に熟し、冬まで枝先に残ることが多い。偽果の中には長さ約4ミリメートルの痩果が5個から12個ほど入っている。

分布と生態

ノイバラは、日本では南西諸島を除く北海道から九州にかけての各地に広く自生し、国外では朝鮮半島、中国大陸、台湾にも分布する。日当たりのよい原野、山地、河原の土手など、開けた立地を好んで生育し、日本の低地ではごく普通に見られる野生の低木である。旺盛な生育力を持ち、他の木本や構造物にもたれかかるようにして枝を伸ばし、しばしば密な藪を形成する。果実は多くの野鳥に採食され、種子は鳥によって遠方まで散布される。この繁殖力の強さから、日本国外、とりわけ北アメリカに導入された地域では、在来の植生を圧迫する侵略的な帰化植物として問題視されている例も知られている。

生理・化学的特徴

ノイバラの果実には、マルチフロリンA・Bをはじめとするフラボノイド配糖体のほか、クエルシトリンなどのフラボン配糖体、赤い色素であるカロテノイドの一種リコピンなどが含まれている。これらの成分のうち、マルチフロリンAは強い緩下作用を持つ活性成分として知られており、これが乾燥果実を煎じた際に瀉下薬として働く薬理学的な裏付けとなっている。少量の摂取でも緩下作用がみられる一方、過剰に摂取すると腹痛や激しい下痢を引き起こすことがあるため、伝統的な利用に際しては用量に注意が払われてきた。また、果実の抽出成分には利尿作用のほか、皮膚に対する収れん作用や抗酸化作用も報告されており、これらの性質は化粧品原料としての利用にもつながっている。

人との関わり

ノイバラの果実は、完全に紅熟する前の半熟の状態で採取して天日干しにしたものが生薬として用いられ、「営実(エイジツ)」と称される。営実は日本薬局方にも収載される生薬であり、瀉下薬・利尿薬として、便秘や浮腫の治療に古くから利用されてきた。この果実を強い下剤として用いる用法は日本独自のものであり、同じ営実という生薬名を持つ中国の伝統医学とは利用のされ方が異なっている点が特徴的である。腫れ物やにきびに対しては、煎じ汁で患部を洗ったり冷湿布として用いたりする民間療法も伝えられている。園芸の分野では、ノイバラは房咲き性やつる性といった性質を現代のバラ品種にもたらした重要な原種の一つであり、ポリアンサ系やランブラー系のバラの交配親として、また接ぎ木の台木として広く利用されている。文学の分野でも、ドイツの詩人ゲーテが野に咲くバラを恋人に例えて詠んだ詩「野ばら」はよく知られており、日本でも唱歌として親しまれている。

系統的位置と進化的特徴

ノイバラは、真正双子葉類の中でも、コア真正双子葉類、スーパーロシッド類、バラ類(ロシッド類)へと連なる系統群に属し、この系統群の中のバラ目(Rosales)バラ科(Rosaceae)に分類される。バラ科の中では、キイチゴ属(Rubus)などとともにバラ亜科(Rosoideae)に位置づけられ、その下位のバラ連(Roseae)、そしてバラ属(Rosa)、種としてのノイバラ(Rosa multiflora)が置かれる。バラ属は約100種を含む北半球温帯を中心に分布する属であり、その中でノイバラは、房咲きの小花を多数つける性質から「シンスチラエ節」と呼ばれる系統群に含められている。

ノイバラを含むこの系統群は、花柱が合着して柱状になるという特徴的な形質によって特徴づけられ、これは多くの野生バラに共通する花柱が離生する系統とは異なる進化的な派生形質である。また、房咲き性を持つノイバラの系統は、現代の観賞用バラの育種の歴史において重要な遺伝資源としての役割を果たしてきた。すなわち、もともと一花ずつ大輪の花をつける系統が主流であったヨーロッパの古典的なバラに対し、ノイバラに由来する多花性の遺伝形質が導入されたことによって、現代のポリアンサ系やフロリバンダ系に連なる、房咲きで連続開花性を持つバラ品種群が生み出された。この点で、ノイバラは野生種でありながら、栽培植物としてのバラの形質進化の歴史に大きな影響を与えた系統として位置づけられる。


第2版:2026-07-15.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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