
ナンキンワタ(南京綿)は、アオイ科ワタ属に属する一年生の草本であり、学名をGossypium nanking Meyenという。この学名は、インドおよびスリランカを原産とする多年生のキダチワタ(Gossypium arboreum)から派生した栽培変種の異名として扱われることが多く、分類学上はGossypium arboreum var. obtusifoliumという変種名のもとに整理される場合が一般的である。すなわちナンキンワタとは、キダチワタが中国大陸へと伝播する過程で、一年生の草本という生活史へと変化を遂げた栽培系統を指す名称であるといえる。
薄茶色を帯びた繊維(綿花)を実らせることを特徴とし、東アジアにおける伝統的な綿織物文化と深く結びついてきた植物である。世界的に流通する近代的な栽培ワタの多くが新大陸原産の系統に由来するのに対し、ナンキンワタは旧大陸系統に属する古い栽培形態のひとつとして位置づけられる。
一年生の草本であり、直立してよく分枝する茎を持つ。葉は掌状に3から5中裂し、直径4から8センチメートルほどの大きさで、裂片は長楕円形から卵形、あるいは倒卵形を呈する。托葉は糸状で早落性である。
花は葉腋につき、外側を苞葉が変化した萼状の総苞(副萼)が包む。この副萼は先端が3裂し、基部の3分の1ほどが合着しており、裂片は卵状心臓形で長さ1.5から2センチメートルほど、脈上には星状毛が見られる。花冠は帯黄色を呈し、しばしば花弁基部の中心部が暗紫色を帯びる鐘形で、花弁の長さは3から5センチメートルに達する。雄しべは多数の花糸が合着して筒状の蕊柱を形成するというアオイ科に特有の構造を示す。果実(蒴果)は3室からときに4ないし5室からなる円錐形で、長さ約2.5センチメートル、多くは下垂し、表面には油腺点が多数見られる。種子は各室に5から8個入り、直径5から8ミリメートルの卵形で、表面には短い綿毛が密生する。この種子表面の綿毛こそが、収穫・利用の対象となる繊維(綿)であり、ナンキンワタではこの繊維が薄茶色を帯びる点が大きな特徴となっている。花期はおよそ6月から9月にかけてである。染色体数は2n=26である。
基本となる系統であるキダチワタの原産地はインドおよびスリランカとされ、そこから中国大陸へと伝播する過程で、より冷涼な気候にも対応できるよう、多年生から一年生へと生活史を変化させた栽培型がナンキンワタであると考えられている。この一年生化は、熱帯地域の暖かい環境下では枯死せず生育を続けられる野生・半野生の多年生系統が、より寒冷な地域へと栽培域を広げる過程で、一年でその生活環を完結させる性質を選抜的に獲得した結果であるとされる。
ワタ属の植物は総じて高温を好み、生育適温はおよそ25度前後とされる一方、開花期には比較的乾燥した気候を要するなど、栽培には特定の気候条件が求められる。塩分に対する耐性は比較的高く、干拓地や灌漑によって塩分が集積した土地でも生育が可能である点も、ワタ属全体に共通する生態的特徴として知られる。春に播種してからおよそ2か月ほどで開花に至り、開花からさらに40から45日ほど経過すると蒴果が裂開して繊維が露出し、収穫の適期を迎える。
ワタ属の植物に広く共通する化学的特徴として、ゴシポールと呼ばれるポリフェノール性のテルペノイドアルデヒドを、葉や種子、茎などに存在する黒色の油腺(前述の蒴果表面に見られる油腺点もこれに関連する)に蓄積する点が挙げられる。ゴシポールは害虫や病原菌に対する防御物質として機能すると考えられており、種子や葉を摂食した動物に対して毒性を示すことが知られている。このため、ワタの種子を家畜飼料として利用する際には、ゴシポール含量への配慮が必要とされる。
種子表面に密生する綿毛、すなわち繊維として利用される部分は、種皮表皮細胞が著しく伸長して形成される単一細胞性の毛(種子毛)であり、その主成分はほぼ純粋なセルロースからなる。この高いセルロース純度こそが、ワタ属植物の繊維が織物原料として世界的に重用されてきた化学的基盤である。ナンキンワタの繊維に見られる薄茶色の色調は、繊維細胞壁にフラボノイド系ないしタンニン系の色素が沈着することによって生じるものと考えられており、漂白や染色を施さずとも独特の風合いを持つ、いわゆる天然色綿としての性質を有している。
ワタは、繊維作物として人類の衣料文化を古くから支えてきた植物であり、キダチワタに由来するアジア綿の系統は、インドから中央アジア、中国、そして日本列島へと伝播していった歴史を持つ。ナンキンワタはこの伝播の過程で成立した一年生の栽培型であり、冷涼な気候の東アジア地域でも栽培可能な系統として広まった点に大きな意義がある。
日本においても、江戸時代を中心に各地でワタの栽培が盛んに行われ、伝統的な和綿(日本在来の綿)の系譜には、このナンキンワタに連なる系統が含まれていると考えられている。薄茶色を帯びた繊維は、染色を経なくても素朴で温かみのある色合いの布地を得られることから、天然色綿として今日でも一部の伝統工芸や手紡ぎ・手織りの分野で評価されている。近代以降、繊維の長さや強度、収量性に優れる新大陸原産の栽培種(リクチメンやカイトウメンなど)が世界の綿花生産の主流を占めるようになったのに伴い、ナンキンワタのような旧大陸系統の栽培は縮小したが、地域の伝統文化や在来品種の保存活動を通じて、現在も一部で栽培・継承が続けられている。
ナンキンワタは、被子植物(Angiosperms)のうち真正双子葉類(Eudicots)に属し、バラ類(Rosids)の中でもアオイ類(Malvids)と呼ばれるクレードに位置づけられる。所属する目はアオイ目(Malvales)であり、科としてはアオイ科(Malvaceae、基準属はビロードアオイ属 Malva)が充てられる。属としてはワタ属(Gossypium)に位置づけられ、種としては基本種であるキダチワタ(Gossypium arboreum)の変種として扱われることが多い。
ワタ属は、染色体構成の異なる複数のゲノム群(旧大陸に分布する二倍体のA群、新大陸に分布する二倍体のD群など)を含む複雑な系統群として知られる。世界の綿花生産の大半を占める新大陸系統のワタ(リクチメンやカイトウメンなど)は、旧大陸のA群ゲノムを持つ系統と新大陸のD群ゲノムを持つ野生種との種間交雑によって成立した異質四倍体(アロテトラプロイド)であるのに対し、ナンキンワタが属するキダチワタは、こうした交雑には関与していない旧大陸系統の二倍体種そのものである。この点で、ナンキンワタは、より複雑な倍数化を経た新大陸系統のワタとは異なる、より単純な染色体構成を保持した古い栽培系統として位置づけられる。一年生という生活史への変化は、こうした二倍体の旧大陸系統が、栽培化の過程で気候適応的な形質を独自に獲得していった進化的事例のひとつとして理解することができる。
第2版:2026-07-18.
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.