ヘクソカズラ

概要

ヘクソカズラ(屁糞葛)は、アカネ科ヘクソカズラ属に属するつる性の多年草である。学名はPaederia scandens(Lour.)Merr.といい、属名のPaederiaはラテン語で「悪臭のある」を意味し、種小名のscandensは「よじ登る」を意味する。和名は、葉や茎を傷つけると強い悪臭を放つことに由来し、古くは『万葉集』にも「屎葛(くそかずら)」として詠まれている。一方で、鐘形の小さな花は中心部が紅紫色に染まり愛らしい姿をしていることから、早乙女花(サオトメバナ)や灸花(ヤイトバナ)という優雅な別名も持つ。悪臭という強烈な個性と、可憐な花容という対照的な性質を併せ持つ植物として、古来より日本人に親しまれてきた身近な野草である。

別名のヤイトバナ(灸花)、サオトメバナ(早乙女花)は別にどうという名前ではない。ヤイトというのは関西ではお灸のことという.このことは先日(2006.09.15)の酒席上でT女史がご主人の浮気を懲らしめた武勇伝の中で知った。花を逆さにして置いてみるとお灸の形になることから名前がある。
それはともかく、万葉の頃にクソカズラと揉んだら臭い臭いがするということで有難くない名前を頂戴してしまっている。それが、更に「屁」まで頂戴してしまったというのは可愛そう。

形態的特徴

ヘクソカズラは、他の草木や構造物に絡みついて伸びるつる性の多年草であり、つるの長さは通常2〜3メートルに達する。つるは基部近くでは木質化して硬くなるが、先端部は草質のまま柔軟である。葉は対生し、形は広卵形から披針形まで変異が大きく、長さは4〜10センチメートルほどである。葉柄の基部には三角形の托葉がつく点も特徴の一つである。葉の表面には毛があるものとないものがあり、毛の多い型はビロードヤイトバナ、海岸に生育し毛をほとんど欠く型はハマサオトメバナと呼ばれ、変種として区別されることがある。

花期は7月から9月ごろで、葉腋から短い集散花序を出し、鐘状で先端が5裂した小さな花を多数咲かせる。花冠は灰白色から白色を基調とし、筒部の内側から中心にかけては紅紫色を呈する。この配色が灸のあとに似ることから、ヤイトバナの別名が生まれた。雄蕊は5本、雌蕊は1本である。花後には直径5ミリメートル前後の球形の果実を結び、熟すと光沢のある黄褐色から黄色を帯びる。葉、茎、果実など花を除く全草に強い臭気を持つことも大きな形態的特徴である。

分布と生態

ヘクソカズラは日本全国に分布し、朝鮮半島、中国、東南アジアにも広く見られる。日当たりのよい藪、草地、道端、生け垣、フェンス、荒地のコンクリート壁や石垣など、人里に近い開けた環境を好んで生育する典型的な雑草である。他の植物や構造物に巻きついて上方へ伸びる性質を持ち、都市部の緑地から農村部の野山まで、極めて広い環境に適応している。

生態系の中では、天敵に対する防御としての化学的な役割を担っていると考えられている。全草に含まれる悪臭成分は食害を受けにくくするアレロパシー的な機能を果たしているとされる一方で、この悪臭成分を逆手に取って利用する生物も存在する。スズメガ科のガであるホシホウジャクの幼虫はヘクソカズラを食草とし、また帰化害虫であるヘクソカズラグンバイは寄生して葉をまだらに白化させる。さらに、ヘクソカズラヒゲナガアブラムシは本種の悪臭成分を体内に取り込み、みずからの防御に転用することが知られている。このほか、茎にヒメアトスカシバというガの幼虫が寄生すると、紡錘形に膨らんだ虫えい(ヘクソカズラツルフクレフシ)が形成される。

生理・化学的特徴

ヘクソカズラの最大の化学的特徴は、細胞が破壊された際に生じる強烈な悪臭である。全草にはペデロシド(paederoside)と呼ばれるイリドイド配糖体が含まれており、葉や茎が傷つけられて組織が破壊されると、酵素の作用によってペデロシドが分解され、揮発性の含硫化合物であるメタンチオール(メチルメルカプタン)が生成される。この物質はスカンクの防御分泌物にも含まれる悪臭成分と共通しており、英名のスカンクバイン(Skunk vine)の由来ともなっている。ペデロシドのほかにも、スカンドシドやアスペルロシドといったイリドイド配糖体が全草から確認されている。

また、葉にはハイドロキノン配糖体であるアルブチンが含まれるほか、γ-シトステロールなどのステロール類、オレアノール酸、揮発性のフェノール類やアルデヒド類、酢酸、プロピオン酸などの有機酸も報告されている。種子にはパルミチン酸、オレイン酸、リノール酸などの脂肪酸が含まれる。これらの成分の生成と分解は、外敵からの防御という生理的な意味合いを持つと同時に、後述するように民間療法における利用にも結びついている。

人との関わり

ヘクソカズラは、その名前の印象とは裏腹に、古くから薬用植物として利用されてきた。生薬名は鶏矢藤(ケイシトウ)といい、中国や日本の民間療法において、リウマチや打撲、あかぎれなどに用いられてきた歴史がある。黄色く熟した果実をすりつぶし、荒れた手やあかぎれの治療に用いる利用法が各地に伝えられている。含有されるアルブチンは美白成分としても知られ、ハイドロキノンの前駆体としての価値も指摘されている。

文化的な側面では、『万葉集』に屎葛(くそかずら)として登場するなど、和歌の題材としても古い歴史を持つ。また、地方によってヒョウソカズラ、クソネジラ、シラミコロシ、ラッパクサ、ヘクサンボ、テングサノハナなど、実に多様な方言名が伝わっており、日本各地でいかに身近な存在であったかがうかがえる。近年では、有川浩の小説『植物図鑑』の中で印象的な小道具として取り上げられたこともあり、悪臭と可憐な花という対照的な魅力が再認識される契機となった。総じて、嫌われ者としての側面と、薬用・文化的資源としての側面の両方を併せ持つ植物であるといえる。

系統的位置と進化的特徴

ヘクソカズラは、被子植物の中でも真正双子葉類に属し、その中のキク類(asterids)、さらにその内部のシソ類(lamiids)というクレードに位置づけられる。目としてはリンドウ目(Gentianales)に属し、科はアカネ科(Rubiaceae)である。属名はPaederia、種小名はscandensであり、これらのラテン名はイタリック体で表記される一方、目や科、クレードの名称はローマン体で表記されるのが現代の分類学の慣例である。

アカネ科の中では、ヘクソカズラ属はアカネ亜科(Rubioideae)のヘクソカズラ連(Paederieae)に分類される。アカネ科全体は、対生する葉と托葉を発達させる点、合弁花冠を持つ点などにおいて共通した特徴を示すが、ヘクソカズラ属はつる性の草本という生活形と、イリドイド配糖体を起源とする揮発性の含硫化合物による化学的防御機構を独自に発達させた点で特徴的である。このような二次代謝産物による防御戦略は、天敵からの食害を回避しつつ、特定の適応した昆虫との共進化的な関係を生み出しており、ホシホウジャクやヘクソカズラヒゲナガアブラムシとの関係にその一端が見て取れる。つる性という生育形の獲得と、悪臭成分による化学的防御の進化は、ヘクソカズラが人里に近い攪乱環境において広く分布域を拡大するうえで、重要な適応的意義を持ったと考えられている。


第2版:2026-07-19.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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