
リクチメン(陸地綿)は、アオイ科(Malvaceae)ワタ属(Gossypium)に属する多年生、栽培下ではしばしば一年生として扱われる草本ないし小低木である。学名はGossypium hirsutum L.であり、カール・フォン・リンネによって記載命名された。種小名のhirsutumは「粗い毛の多い」を意味し、茎や葉に見られる毛じの性質に由来する。
本種は世界の綿花生産の大部分を占める最も重要な栽培綿であり、世界の綿花生産量のおよそ9割を本種の栽培品種が占めるとされる。原産地はメソアメリカであり、種子を包む白い綿毛(種子毛)を紡いだ繊維は繊維産業における最重要原料の一つとして、また種子油や飼料原料としても広く利用されている。
草丈は栽培条件下でおよそ1から2メートルに達し、茎は直立してよく分枝する。葉は掌状に3から5裂する広卵形の単葉で互生し、葉身や茎には特徴的な毛じが密生する。葉の随所には黒点状の油点があり、これは後述するゴシポールを蓄積する分泌腺である。
花は葉腋に単生し、クリーム色から淡黄色の大きな鐘状の花弁を5枚持ち、開花後まもなく赤みを帯びて変色していくのが特徴である。花の基部には大きな3枚の苞葉(総苞片)があり、萼を包み込むように発達する。雄しべは多数が合着して筒状の雄しべ柱を形成し、その内側を花柱が貫くという、アオイ科に共通する特徴的な花構造を持つ。
果実は蒴果で、成熟すると3から5室に裂開し、内部の種子表面には白色ないし灰白色の長い種子毛が密生する。この種子毛こそが綿花として利用される繊維であり、種子には短く密着した短繊維(リンター)も別に生じる。
原産地はメキシコを中心とするメソアメリカであり、野生型は低木状の多年生植物として、熱帯から亜熱帯の乾燥から半乾燥地の疎林や海岸沿いの潅木地に自生する。現在では栽培化の結果、世界の熱帯から温帯にかけての広い範囲で一年生作物として栽培されている。
本来は多年生の低木であるが、栽培下では収穫の便宜上、一年生作物として毎年播種・収穫が行われる。生育には十分な日照と高温、比較的長い無霜期間を必要とし、開花から結実、繊維の充実に至るまでに一定の積算温度を要する。
花は主に昆虫(ハナバチ類など)によって送粉される虫媒花であるが、自家受粉も高い頻度で生じる。前述の葉や苞葉に見られる分泌腺からはゴシポールをはじめとする防御物質が生成され、食植性昆虫や病原菌に対する化学的防御機構としての役割を担っている。
リクチメンを含むワタ属植物の most な化学的特徴は、葉や種子、茎の分泌腺に蓄積されるゴシポールと呼ばれるテルペノイド系のポリフェノール色素である。ゴシポールは強い毒性を持つ二次代謝産物であり、食植性昆虫や病原微生物に対する防御物質として機能する一方、家畜がワタ実由来の飼料を多量に摂取すると中毒を引き起こすことが知られており、種子油や粕を飼料化する際には除去処理や低ゴシポール品種の利用が図られている。
本種は異質四倍体(アロテトラプロイド)であり、ゲノム構成上、旧世界起源のA型ゲノムと新世界起源のD型ゲノムという由来の異なる2組の染色体セットを併せ持つ。この異質四倍性は、旧世界の二倍体野生綿の系統と、繊維をほとんど生じない新世界の二倍体野生種の系統との種間交雑に由来するものであり、綿属の進化史における重要な出来事として知られている。
種子毛(繊維)は表皮細胞が著しく伸長した単一細胞であり、その細胞壁はほぼ純粋なセルロースから構成される。この高いセルロース純度こそが、綿繊維が紡績原料として極めて優れた性質を示す生理学的基盤となっている。
リクチメンはメソアメリカにおいて古くから栽培化され、現在では世界の綿花生産の中心的存在として、アメリカ大陸、アジア、アフリカなど熱帯から温帯にかけての広い地域で大規模に栽培されている。繊維は紡績・織布を経て衣料品をはじめとする繊維製品の主要原料となり、種子からは食用油や飼料が生産されるなど、一作物から複数の産物が得られる多面的な利用価値を持つ。
栽培史においては、害虫(特にワタミハナゾウムシなど)による被害が古くから深刻な農業上の課題であり、これに対応するため、害虫抵抗性を付与した遺伝子組換え品種(Bt綿)の開発と普及が20世紀末以降急速に進んだ。今日の栽培面積の相当部分がこうした遺伝子組換え品種によって占められている。
前述のゴシポールの毒性を利用した研究も行われており、雄性不稔化や避妊薬としての利用可能性についての研究例もあるが、副作用の観点から実用化には至っていない。一方、低ゴシポール系統の育成は、種子を安全な食用・飼料資源として活用するための重要な育種目標となっている。
リクチメンは、被子植物のうち真正双子葉類、バラ類(アオイ類)に位置づけられ、アオイ目(Malvales)アオイ科(Malvaceae)に属する。アオイ科の中ではアオイ亜科(Malvoideae)ワタ連(Gossypieae)に含まれ、この連はワタ属をはじめとする、ゴシポールを合成する分泌腺を持つという特異な形質を共有する属からなる単系統群である。この化学的形質の共有が、近縁のフヨウ連(Hibisceae)とワタ連とを区別する重要な指標の一つとなっている。
ワタ属(Gossypium)は旧世界と新世界の双方に分布する約45から50種を含み、大部分が二倍体(染色体基本数x=13)である一方、リクチメンを含む7種は異質四倍体である。分子系統学的研究により、この異質四倍体種群は、旧世界起源の二倍体(A型ゲノム、アジアワタに近縁な系統)を花粉親、新世界起源の二倍体(D型ゲノム、繊維をほとんど生じない南米系統)を胚珠親とする、大陸間の隔たりを越えた交雑に由来することが明らかにされている。
この異質四倍体化は、更新世にあたる過去100万年から200万年ほどの間に生じた比較的新しい出来事であったと推定されている。すなわちリクチメンは、遠く離れた大陸に隔離されていた2つの祖先系統が長距離散布を経て出会い、種間交雑と倍数化を経て成立した、進化生物学的にも興味深い経緯をたどった栽培植物であるといえる。
第2版:2026-07-25.
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.