シダレシナノキ

概要

シダレシナノキ(Tilia petiolaris DC.)は、アオイ科(Malvaceae)シナノキ属(Tilia)に分類される落葉高木である。枝が優雅に垂れ下がる樹形と、葉裏に密生する銀白色の毛を特徴とし、欧米では「ウィーピング・シルバー・ライム」あるいは「ペンダント・シルバー・リンデン」の名で広く親しまれる観賞用樹木である。なお、本種の分類学的位置づけについては後述するとおり議論があり、多くの現代の分類学的資料では、近縁種であるフユボダイジュの一種オオバボダイジュ系統に含まれるシナノキ属の一種Tilia tomentosaの異名(シノニム)として扱われている。

形態的特徴

シダレシナノキは高さ20から30メートルに達することもある大型の落葉高木で、枝が優美に垂れ下がる姿を示す点が最大の特徴である。若枝には密に毛が生え、樹皮は灰褐色である。

葉は互生し、心形から広卵形で、長さおおむね6から11センチメートルほどである。葉の表面はほぼ無毛で光沢を持つ緑色を呈するのに対し、裏面には白色の綿毛が密生し、銀白色に見える点が本種を含むオオバボダイジュ系統に共通する特徴である。葉柄は長さ4から8センチメートルに達し、通常のオオバボダイジュの葉柄よりも顕著に長い点が、本種に「petiolaris(葉柄の、の意)」という種小名が与えられた由来となっている。

花は夏(おおむね7月から8月)に咲き、淡黄白色から乳白色を呈し、芳香が強い。花序は集散花序で、特徴的な細長い舌状の苞葉(総苞葉)を伴う。果実は堅果状の核果で、小さく卵形、表面に微毛と浅い稜がある。

分布と生態

本種は南東ヨーロッパから西アジア(バルカン半島からトルコ、コーカサス地方にかけて)を原産地とするとされる。栽培下の垂れ枝性の系統については種子形成がほとんど見られず、多くは接ぎ木によって増殖される不稔性の栽培品種として扱われる。このため野生での自然分布域や成立過程については必ずしも明確ではなく、他のシナノキ属植物との交雑に由来する可能性も指摘されている。

花には強い香りがあり、多量の花蜜を分泌するためミツバチをはじめとする訪花昆虫を強く誘引する。一方で、本種を含むオオバボダイジュ系統の樹木の開花期には、樹下でミツバチの死骸が多数見つかる現象が古くから報告されており、かつては花蜜に含まれるマンノースなど特定の糖成分がミツバチに対して毒性を持つとする仮説が唱えられてきた。しかし近年の研究では、この現象は花蜜成分そのものの毒性というよりも、開花期の低温や、個々の花が供給する蜜量の少なさによってミツバチが十分なエネルギーを得られず衰弱・餓死することによる可能性が指摘されており、原因については今なお議論が続いている。

生理・化学的特徴

シナノキ属の花は一般に精油や粘液質、フラボノイド類を含み、香気成分と多量の花蜜分泌が訪花昆虫を誘引する重要な生理的特性となっている。葉裏を覆う星状毛は、水分の蒸散を抑制するとともに、強光や乾燥に対する保護作用を持つと考えられている。本種特有の生理化学的知見について独立した詳細な報告は乏しいが、近縁種であるオオバボダイジュに準じた特性を持つと考えられる。

人との関わり

本種は枝の優雅な垂れ下がりと葉裏の銀白色の輝きから、公園樹、街路樹、シンボルツリーとして欧米を中心に広く植栽されてきた。都市の大気汚染や土壌の踏圧、高温や乾燥への耐性が比較的高いことから、都市緑化樹としても評価が高い。強い芳香を放つ花は観賞価値が高く、庭園における夏の見どころの一つとされる。

一方で、前述のとおり開花期にミツバチの死骸が樹下に見られる現象が知られており、養蜂上の懸念材料として言及されることがある。この点は本種を含むオオバボダイジュ系統の植栽地選定において留意される事項の一つである。

系統的位置と進化的特徴

シダレシナノキが属するシナノキ属(Tilia)は、アオイ科(Malvaceae)に分類される。シナノキ属はかつてシナノキ科という独立の科に置かれていたが、分子系統解析の結果、アオイ科の内部に含まれる系統であることが明らかとなり、現行のAPG体系ではアオイ科に統合されている。アオイ科はアオイ目(Malvales)を構成する科の一つであり、真正双子葉類のうちバラ類(Rosids)に含まれる。

本種の学名Tilia petiolaris DCは、19世紀にオーギュスタン・ピラミュス・ド・カンドルによって記載されたものであるが、その後の分類学的検討により、多くの現代の権威ある文献(キュー王立植物園のPlants of the World Onlineなど)では、Tilia tomentosa Moenchの異名として扱われている。すなわち、シダレシナノキとして流通する系統は、独立種としてではなく、オオバボダイジュ(Tilia tomentosa)の垂れ枝性の変異型、あるいは同種を片親とする交雑系統として位置づけられる見解が有力である。この点は、栽培品種として長く親しまれてきた植物が、分子系統学的知見の蓄積によって分類学的な再評価を受けてきた一例といえる。

シナノキ属全体は北半球の温帯域を中心に多様化した系統であり、雄しべの基部が合着せず束生する点や、果実に付随する翼状の苞葉によって風散布に適応している点など、アオイ科の他系統とは異なる独自の形質を発達させてきたことが知られている。


第2版:2026-07-27.

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