
イナゴマメ(学名:Ceratonia siliqua L.)は、マメ科(Fabaceae)イナゴマメ属(Ceratonia)に属する常緑性の高木である。英名でキャロブ(Carob)とも呼ばれ、地中海沿岸地域から中東にかけてを原産地とする。革質で光沢のある羽状複葉、花弁を欠く小さな花、そして甘い果肉を持つ大型の莢果を特徴とし、古代より食用・飼料用として地中海世界で広く利用されてきた樹木である。種子の重量が個体差なく均一であることから、宝石の重量単位「カラット」の語源となったことでも知られる。
樹高は10メートル前後に達する常緑高木で、幹は太く短く、樹冠は広く枝を張る。葉は互生し、偶数羽状複葉で、小葉は2対から5対程度、革質で表面に光沢があり、濃緑色を呈する。
花は非常に小さく、花弁を欠く(無花弁)点が大きな特徴である。萼片は5枚で、花は総状花序をなして旧枝や幹に直接群生する形で咲く(幹生花的な性質を示す)。花には雄花・雌花・両性花が個体によって混在し、雌雄異株に近い性表現(多性)を示す個体群が知られる。花には特有の臭気があり、これによりハエ類などの昆虫を誘引して送粉を行う。
果実は扁平で細長い莢果(豆果)であり、成熟すると褐色から黒褐色を呈し、長さは10センチメートルから30センチメートル程度に達する。莢は熟しても裂開せず、内部には扁平で光沢のある種子が並んで含まれる。莢の果肉部分は多量の糖分を含み、甘味が強い。種子は個体ごとの重量差が極めて小さいことで古くから知られている。
原産地は地中海沿岸地域から西アジアにかけてであり、乾燥した石灰質土壌や岩がちな斜面によく適応する。地中海性気候に典型的な夏季の高温乾燥と冬季の温和な降雨という条件下で自生・栽培される樹種であり、強い耐乾性と耐貧栄養性を持つ。
栽培の歴史は極めて古く、現在では地中海沿岸諸国(スペイン、イタリア、ギリシャ、キプロス、モロッコなど)を中心に果実生産のため広く植栽されているほか、カリフォルニア州、オーストラリア、南アフリカなど類似した気候を持つ地域にも導入され、一部では野生化・帰化した個体群も見られる。深根性であるため乾燥した斜面地でも生育可能であり、土壌保全樹としての側面も持つ。
莢の果肉部分にはショ糖、ブドウ糖、果糖などの糖類が高濃度に含まれ、乾燥重量の半分近くに達することもある。一方で脂質含量は低く、またカカオに含まれるカフェインやテオブロミンといった刺激性アルカロイドを含まないため、粉末に加工したものはチョコレートの代替品として広く利用される。莢にはタンニン類も含まれ、渋味や収斂性に寄与する。
種子の胚乳部分にはガラクトマンナンを主成分とする多糖類が豊富に含まれ、これを精製したものがローカストビーンガムとして食品添加物(増粘剤・安定剤)に利用される。ローカストビーンガムは水との親和性が高く、少量で高い粘性を生じる性質を持ち、食品加工分野で広く用いられている。
イナゴマメは地中海世界において数千年にわたり利用されてきた樹木であり、古代エジプトやギリシャ・ローマ時代の遺跡からも果実の出土例が知られている。甘い莢は古くから人の食用および家畜の飼料として利用され、飢饉の際の非常食としても重要な役割を果たしてきた。
種子の重量が極めて均一であることから、古代の宝石商や金細工師が貴金属や宝石の重量を量る基準として種子を用いた慣習があり、これが現在の宝石重量単位「カラット」の語源になったとされる。
近年では、カフェインを含まず脂質も少ないことから、健康志向の食品としてカロブパウダーやカロブチップがチョコレートの代替品として利用されている。また種子から得られるローカストビーンガムは、アイスクリームやソース類、乳製品などの増粘剤・安定剤として食品産業で広く用いられているほか、繊維工業や製紙業など他分野でも利用される。
イナゴマメ属(Ceratonia)は、真正双子葉類(Eudicots)のうちバラ類(Rosids)に含まれるマメ目(Fabales)マメ科(Fabaceae)に位置づけられる。マメ科の中では、ジャケツイバラ亜科(Caesalpinioideae)に属する。この亜科は分子系統学的研究により、従来独立の亜科として扱われてきたネムノキ亜科(旧Mimosoideae)を内包する形で再定義されており、現在のジャケツイバラ亜科はマメ科内で最も種数の多い系統群の一つとなっている。
イナゴマメ属はこのジャケツイバラ亜科の中でも独自性の高い小さな系統群を形成しており、近年の系統解析ではケラトニア連(Ceratonieae)として他系統から区別される位置に置かれている。属内には広く栽培される本種Ceratonia siliquaと、アラビア半島南部からソマリア北部にかけて隔離分布する希少種Ceratonia oreothaumaの2種のみが知られる。花弁を欠く単純化した花の構造は、マメ科の中でも初期に分岐した系統に見られる特徴と関連づけて論じられており、イナゴマメ属はジャケツイバラ亜科内での多様化の初期段階を反映する系統の一つとして位置づけられている。
第2版:2026-07-28.
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