
コウライタチバナ(高麗橘)は、ミカン科(Rutaceae Juss.)ミカン属(Citrus L.)に属する常緑小高木であり、日本(山口県萩市)および韓国(済州島)にのみ自生が確認される、きわめて分布域の限られた野生柑橘類である。学名は Citrus nipponokoreana Yu.Tanaka(シノニム:Citrus × nippokoreana Tanaka)。タチバナ(Citrus tachibana (Makino) Tanaka)に近縁な種とされるが、果実がより大型で果皮表面に凹凸を持つ点などで区別される。日本における自生地は国の天然記念物に指定されており、保全上の重要性が高い。
和名「コウライタチバナ(高麗橘)」の「高麗」は朝鮮半島(韓国済州島)にも分布することに由来し、「橘」はタチバナとの近縁関係を示す。英名は Korai tachibana mandarin と呼ばれる。
なお、本種の分類については研究者・文献によって見解が異なり、タチバナの変種・品種として扱う説、あるいはシークヮーサー(Citrus depressa Hayata)のシノニムとする見解(Plants of the World Online:POWO)もある。最新の分子系統解析では、タチバナ・シークヮーサーを含む日本産柑橘群は、琉球諸島固有のタニブター(Citrus ryukyuensis)とアジア大陸産マンダリン系統(Citrus reticulata)との交雑に由来するとされており、本種の系統的位置づけも継続して検討されている。
コウライタチバナは樹高2〜6m程度に成長する常緑小高木で、枝は緑色、若い幹・枝には鋭い棘を有する。タチバナよりも全体的にやや大型で、特に果実の大きさと果皮の凹凸がタチバナとの識別点となる。初夏に白色の花を咲かせ、秋に橙色の果実を結実する。芳香はユズに似た強い香気を持つとされ、タチバナとユズ両方の性質を持つとも言われる。
葉は単葉で互生し、狭卵形〜楕円形、長さ3〜10cm程度、先端はやや鈍く、縁はほぼ全縁。葉質は厚く硬く、表面は濃緑色で光沢がある。葉柄には翼(よく)がほとんどなく、これはタチバナと共通する特徴である(他の多くの柑橘類では葉柄に翼が発達する)。葉には精油腺があり、揉むと強い柑橘香を放つ。タチバナに比べ葉がやや大きいとされる。
花は枝先または葉腋に1〜2個つき、下向きに開花する。花径は約2cm前後、花弁は5枚で白色。雄蕊は約20本で、数本ずつ花糸が合着して束状となる。萼片は5枚。芳香を伴う。開花期は5〜6月。
果実はミカン状果(柑果 hesperidium)で、直径5〜6cm程度とタチバナ(直径2〜3cm)より明らかに大きく、表面に凹凸が目立つ点が識別の重要な特徴である。熟すと橙色〜橙黄色になる。酸味が強く生食には向かないが、ユズに似た強い香気を持つ。種子が多い。果期は11〜12月頃。
枝は緑色で稜があり、葉腋から鋭い棘を生じる。棘はタチバナと同様に発達するが、カラタチ(Citrus trifoliata L.)ほど大型ではない。
本種の自生地は現在、日本では山口県萩市笠山(虎ヶ崎)のみに限られ、成木わずか数本が確認されているに過ぎない。海岸に近い常緑樹林内に生育し、暖流の影響を受ける温暖な環境を好む。韓国では済州島に分布が確認されている。
かつては萩市周辺により広く自生していたと推測されるが、現在は著しく個体数が減少している。他の樹木の繁茂による被陰が生育に悪影響を与えるとされ、自生地では周囲の樹木が管理・伐採されるなどの保護措置が講じられている。
暖地性植物であり、耐寒性はタチバナと同程度と考えられる。日照を好み、排水性の良い土壌で生育する。果実は鳥類による種子散布が行われると考えられる。
ミカン科植物に共通して、葉・果皮・花に精油を豊富に含む。精油成分にはリモネン・リナロールなどのテルペン類や、エステル類が含まれ、独特の柑橘香気の主成分となる。本種の香気はユズに近いとされ、タチバナとは異なる成分プロファイルを持つとの記述もある。果実には有機酸(クエン酸・リンゴ酸など)やフラボノイド(ヘスペリジンなど)が含まれ、未熟果は強い苦味・酸味を示すが、成熟とともに成分組成が変化する。
本種は自生個体数がきわめて少なく、現状では観賞・庭園利用の一般的な流通品はほとんどない。但し、タチバナと外見が酷似していることから、市販のタチバナの苗木にコウライタチバナが混入する例があり、一般の植栽地に存在する可能性がある。DNA分析などを用いないと外観からの確実な識別が難しい場合があり、適切な保全・管理を行う上での大きな課題となっている。果実の食用・加工利用に関する記録は少なく、実用面よりも学術的・文化的・保全的価値の高い種である。
萩市笠山の自生地は、1926(大正15)年2月24日に、「タチバナ自生北限地」として、国の天然記念物に指定された。その後の調査で、タチバナとは異なる新種であることが判明し、1953(昭和28)年に「笠山コウライタチバナ自生地」へと変更されている。
ミカン科(Rutaceae)ミカン亜科(Aurantioideae)ミカン連(Citreae)に属し、ミカン属(Citrus)内でタチバナ(C. tachibana)に最も近縁な種とされる。前述のとおり、最新の分子系統解析ではタチバナおよびシークヮーサーを含む日本・東アジア産柑橘群が、タニブター(C. ryukyuensis)とアジア大陸産マンダリンとの交雑由来であることが示されており、本種の正確な系統的位置は研究がなされている。
果実の多汁化・芳香の発達は動物散布への適応として進化した形質と理解されており、精油成分の蓄積は防御と送粉者誘引の双方に関与する。本種はこのような柑橘類共通の進化的特徴を持ちながら、野生的形質を色濃く残す希少な存在として位置づけられる。
第1版:2021-07-23.
第2版:2026-04-30.
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.