トゲヂシャ

概要

トゲヂシャ(学名:Lactuca serriola)は、キク科タンポポ亜科アキノノゲシ属(Lactuca)に属する越年草(条件によっては一年草)であり、ヨーロッパから西アジアを原産とする帰化植物である。日本では明治時代以降に確認され、現在では全国各地の道端、空き地、河川敷、鉄道沿線などに広く定着している。

「トゲヂシャ」の名は、葉裏の主脈に並ぶ鋭い刺状突起に由来する。「ヂシャ(萵苣)」とはレタス類を意味する古い呼称であり、本種が栽培レタスの近縁種であることを示している。実際に本種は、現代の栽培レタス(Lactuca sativa)の直接的な祖先種の一つとして広く認識されており、両者は自然交雑が可能なほど近縁である。作物進化や遺伝資源研究においても重要な植物として注目されている。

一方で、旺盛な繁殖力と高い環境適応性を持つため、都市部では代表的な外来雑草の一つとなっている。乾燥地や攪乱地に強く、高温環境下でも生育可能であるため、道路法面や造成地などで群生することが多い。

形態的特徴

トゲヂシャは高さ50センチメートルから2メートル程度に達する直立性草本である。茎は硬く、上部で多数分枝する。植物体を傷つけると、キク科レタス類特有の白色乳液を分泌する。

葉は互生し、羽状に深裂するものが多い。葉縁には鋸歯があり、形状は変異に富む。最大の特徴は、葉裏中央の主脈上に並ぶ鋭い刺状毛であり、この刺によって他のレタス類と容易に区別できる。

また、本種の葉はしばしば葉面を東西に向け葉縁が南北を指すように直立配列する性質を示す。これは「羅針盤植物(compass plant)」的性質として知られ、正午前後の強い直射日光を葉縁で受けることで葉面への照射を減少させ、葉温上昇と蒸散を抑える適応と考えられている。

花は黄色の頭状花序であり、小型花を多数形成する。開花期は夏から秋にかけてで、枝先に円錐状に多数の頭花を付ける。果実は扁平な痩果で、先端には嘴(くちばし)状の突起があり、その先に白色の冠毛を持つ。この冠毛によって風散布が行われ、広範囲へ分布を拡大する。

分布と生態

トゲヂシャは地中海沿岸から西アジアを中心とする地域を原産とするが、現在では世界各地へ帰化している。日本では北海道から沖縄まで広く分布し、とくに都市周辺や乾燥した荒地で普通に見られる。

典型的な攪乱地植物であり、道路脇、造成地、河川敷、鉄道沿線、空き地などに生育する。乾燥耐性が高く、砂礫地や痩せ地にも侵入可能である。

日本における典型的な生育パターンは越年草型であり、秋に発芽してロゼット葉で越冬し、翌年夏に急速に茎を伸ばして開花・結実する。高温乾燥条件など環境によっては一年草型をとる場合もある。大量の冠毛種子を形成するため、風による長距離散布能力に優れる。

また、都市熱環境や窒素富化環境への適応性が高く、人間活動によって形成された環境で優勢となりやすい。舗装地の隙間などでも発芽・成長することができる。

生理・化学的特徴

トゲヂシャはC3型光合成植物であるが、高温乾燥環境への耐性が比較的高い。葉を直立させて葉縁を南北方向に向ける性質は、日中の強光照射を減少させ、葉温上昇と蒸散量を抑制する効果を持つと考えられている。

植物体中には苦味成分であるセスキテルペンラクトン類が含まれており、乳液にもこれらの成分が含有される。この乳液は草食動物に対する防御機構として機能している。

また、本種の乳液を採取・乾燥させたものはラクツカリウム(lactucarium)と呼ばれ、本種および近縁種がその主要な採取源として古くから知られてきた。ラクツカリウムは鎮静・鎮痛作用を持つ民間薬として歴史的に利用されたが、薬効は限定的であり、現代医学では一般的な利用は少ない。

さらに、本種は比較的高い遺伝的多様性を持ち、乾燥耐性や病害抵抗性に関わる形質を備える。このため、栽培レタスの育種研究において重要な遺伝資源となっている。

人との関わり

トゲヂシャは雑草として認識されることが多い植物であるが、農業・植物学的には極めて重要な存在である。本種は栽培レタスの直接の祖先種に最も近い野生種の一つと考えられており、病害抵抗性や環境耐性遺伝子の供給源として研究されている。

若葉は食用可能であるが、強い苦味を持つため一般的な野菜利用は少ない。ただし、若い時期には山菜的に利用されることもある。

一方で、農地や造成地では雑草化しやすく、旺盛な種子生産によって急速に群落を形成するため、防除対象となる場合がある。特に乾燥地農業では難防除雑草として問題視される地域も存在する。

また、道路沿いや都市空間でよく見られることから、都市生態学や帰化植物研究の対象ともなっている。

系統的位置と進化的特徴

トゲヂシャはキク科(Asteraceae)タンポポ亜科(Cichorioideae)アキノノゲシ属(Lactuca)に属する。アキノノゲシ属(Lactuca)には栽培レタスを含む多数の種が存在し、地中海沿岸から西アジアにかけて多様化したと考えられている。なお、アキノノゲシ(Lactuca indica)については近年 ヤマニガナ属(Pterocypsela)に移す見解もあり、アキノノゲシ属(Lactuca)の範囲は現在も分類学的検討が続いている。

本種は栽培レタス(Lactuca sativa)と極めて近縁であり、両者の間には自然交雑も認められることから、現代レタスの主要祖先種の一つとされる。分子系統解析でも両者の近縁性が強く支持されており、育種素材として積極的に利用されている。

進化的には、乾燥地適応、冠毛による風散布、乳液による防御、短期間での大量繁殖など、攪乱環境に適応した特徴を発達させている。特に冠毛散布は広域分布を可能にした重要形質である。

また、都市化や人間活動によって形成された新たな生態空間へ迅速に適応しており、人類活動とともに分布を拡大した典型的な人里植物・外来雑草の一つとして位置づけられる。


第1版:2021-08.
第2版:2026-05-26.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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