

オリーブ(Olea europaea L.)は、シソ目(Lamiales)モクセイ科(Oleaceae)オリーブ属(Olea)に属する常緑小高木から高木の植物である。地中海沿岸地域を原産とし、人類が最も古くから栽培してきた有用植物のひとつとして知られる。果実から採取されるオリーブオイルは食用油脂として世界的に重要であるとともに、果実そのものも食用・加工用として広く利用される。栽培の歴史は少なくとも6000年以上にわたるとされ、古代ギリシャ・ローマ文明における宗教・文化・経済の象徴的植物として深く根づいてきた。現在では地中海沿岸のほか、カリフォルニア・チリ・南アフリカ・オーストラリア・日本など世界各地の温暖な地域で栽培されており、世界のオリーブオイル生産量は年間数百万トンに達する。野生型は亜種 Olea europaea subsp. europaea var. sylvestris(別名オレアスター)として区別されることがある。
オリーブは常緑の小高木から高木であり、樹高は通常3〜10メートル程度であるが、古木では15メートルを超えることもある。樹齢を重ねるにつれて幹は太く、表面に深い縦じわが刻まれてねじれた独特の樹形を呈するようになる。樹齢数百年から千年を超える老木が地中海沿岸に現存することが知られており、その生命力の強さはオリーブの象徴のひとつである。樹皮は若木では灰緑色で滑らかであるが、老木では灰褐色から暗灰色となり縦に裂ける。
葉は対生し、披針形から長楕円形で、長さ4〜10センチメートル、幅1〜2センチメートルほどである。葉の表面は暗緑色でやや光沢があり、裏面は銀白色〜銀灰色の鱗状毛(peltate scales)が密生して独特の銀色を呈する。この銀色の葉裏は強光・乾燥・高温に対する適応的形質として機能している。葉は革質で厚みがあり、常緑性を保ちながら数年間枝についた後に落葉する。
花は小型で白色〜クリーム色、芳香がある。花序は葉腋から伸びる円錐花序(集散花序状)であり、多数の小花が密につく。花冠は4裂し、雄しべは2本、雌しべは1本で子房は上位である。栽培品種の多くは自家不和合性または自家不稔性が低いため、異品種との交差受粉(他家受粉)が結実を安定させる。送粉は主として風媒によって行われる。開花期は地域により差があるが、春から初夏(日本では5〜6月ごろ)である。
果実は核果であり、卵形から楕円形で長さ1〜4センチメートル。緑色から熟すにつれて紫色・黒色へと変化する。果実は中果皮が多肉質で油脂を豊富に含み、内部に硬い核(内果皮)があり1個の種子を含む。果実の油脂含量は品種・栽培条件・収穫時期によって異なるが、乾燥重量の25〜70パーセントに達することもある。
オリーブの原産地は地中海東部沿岸地域(現在のシリア・レバノン・イスラエル・トルコ南部あたり)とされており、そこから西方へと栽培が広がったと考えられている。現在の主要生産国はスペイン・イタリア・ギリシャ・チュニジア・モロッコ・トルコなどであり、スペインは世界最大の生産国である。地中海型気候(夏期乾燥・温暖、冬期温和・湿潤)に最もよく適応しており、この気候帯がオリーブ栽培の中心地となっている。
オリーブは乾燥耐性・高温耐性が極めて強い植物であり、年降水量200〜800ミリメートル程度の乾燥〜半乾燥地帯でも生育できる。深根性の根系が発達して深部の水分を効率よく吸収する。石灰質土壌を好み、排水のよい痩せた土壌でも生育可能であるが、過湿・排水不良の土壌は嫌う。耐塩性もある程度あり、沿岸部での栽培にも適する。
耐寒性については、成木では−10℃前後まで耐えることができるとされるが、若木や長期間の低温には弱い。花芽分化には一定の低温経過(チリング)が必要であり、冬期の適度な低温が翌年の結実に影響する。過度な高温や低温は花芽形成や受粉・結実に悪影響を及ぼす。
野生のオリーブ(オレアスター)は地中海沿岸の乾燥した岩がちな斜面・マキス(硬葉低木林)・ガリーグ(石灰岩地の低木植生)に生育し、自然植生の構成要素として重要な役割を果たしている。果実は鳥類(ツグミ類など)に好まれて採食され、種子散布が行われる。
オリーブの化学的特徴の中心はオリーブオイルの脂肪酸組成にある。オリーブオイルはオレイン酸(一価不飽和脂肪酸)を55〜83パーセントと高い割合で含み、これに加えてパルミチン酸(7〜20パーセント)・リノール酸(3〜21パーセント)などが含まれる。オレイン酸の豊富さは酸化安定性の高さをもたらし、保存性と加熱調理への適性を高める。また、オレイン酸の高摂取は心血管疾患リスクの低減と関連することが多くの疫学研究で示されており、いわゆる「地中海食」の健康効果の中核成分のひとつとされる。
フェノール性化合物もオリーブの重要な化学成分群である。オリーブオイルおよび果実に含まれるオレオカンタール(oleocanthal)は非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)に類似した抗炎症活性をもつことが報告されており、注目を集めている。オレウロペイン(oleuropein)はオリーブ葉・未熟果実に豊富なセコイリドイド系フェノール配糖体であり、抗酸化・抗菌・降圧・抗炎症・抗ウイルスなど多様な生理活性が報告されている。ヒドロキシチロソール(hydroxytyrosol)はオレウロペインの加水分解産物として生成し、強い抗酸化活性をもつことで知られる。
葉に含まれるオレウロペインは草食動物に対する忌避・防御物質としての機能も担っており、植物の防御二次代謝産物として重要な役割をもつ。このほかスクワレン・トコフェロール(ビタミンE)・カロテノイド類・ステロール類なども含まれ、これらがオリーブオイルの栄養的価値を高めている。
オリーブの栽培史は紀元前4000年頃にまでさかのぼるとされ、現存する最古の栽培記録は古代エジプト・メソポタミアの文献に見られる。古代ギリシャではオリーブは女神アテナの聖木とされ、アテネの守護植物として神話に深く組み込まれた。古代オリンピックの勝者にはオリーブの冠(コティノス)が授けられ、勝利・平和・名誉の象徴として崇められた。聖書においてもオリーブとオリーブオイルは象徴的存在として繰り返し登場し、平和の象徴としてのオリーブの枝は今日においても世界的に広く認識されているシンボルである。
食用利用の中心はオリーブオイルであり、エクストラバージンオリーブオイル(初搾り・未精製)から精製オイルまで品質段階に応じた規格が国際的に定められている。地中海料理においてオリーブオイルは調理油・ドレッシング・ディップとして不可欠の存在である。テーブルオリーブ(食用オリーブ)としては、未熟な緑色果実や完熟した黒色果実を塩漬け・酢漬け・油漬けなどに加工したものが世界各国で消費されている。生の果実は配糖体のオレウロペインによる強い苦味があるため、そのままでは食用に適さず、アク抜き・発酵・塩漬けなどの加工処理が必要である。
医薬・健康分野では、オリーブ葉エキスが抗菌・抗ウイルス・降圧・抗酸化目的のサプリメント原料として利用されている。化粧品分野ではオリーブオイルおよびオリーブ由来成分が保湿・美肌目的のスキンケア製品に広く配合されている。伝統的には傷の手当て・皮膚の保護・ランプの燃料(オリーブオイル)・宗教儀式(塗油)など多方面にわたって用いられてきた歴史がある。
日本へは明治時代に導入され、香川県小豆島が日本のオリーブ栽培発祥の地として知られる。現在では香川県を中心に、三重県・鹿児島県・岡山県・長崎県などでも栽培が行われており、国産オリーブオイルおよびテーブルオリーブの生産が行われている。
APG体系においてオリーブは、真正双子葉類(Eudicots)の中の核真正双子葉類(Core Eudicots)に属し、キク類(Asterids)の中のラミア類(Lamiids)に位置するシソ目(Lamiales)モクセイ科(Oleaceae)オリーブ属(Olea)に分類される。
シソ目はラミア類の中で最大の目のひとつであり、モクセイ科(Oleaceae)・シソ科(Lamiaceae)・ゴマ科(Pedaliaceae)・ノウゼンカズラ科(Bignoniaceae)・オオバコ科(Plantaginaceae)・ハマウツボ科(Orobanchaceae)など多様な科を含む。モクセイ科はおよそ25属600種からなり、木本性が多く、ジャスミン属(Jasminum)・モクセイ属(Osmanthus)・トネリコ属(Fraxinus)・ライラック属(Syringa)・イボタノキ属(Ligustrum)などが含まれる。
オリーブ属(Olea)はモクセイ科の中でオレア連(Oleeae)に位置し、アフリカ・アジア・ヨーロッパ・オーストラリアに分布するおよそ30〜40種からなる。Olea europaea は本属の模式種であり、その分類学的範囲は広義には6亜種に分けられることがある。野生型亜種(subsp. sylvestris)と栽培型(subsp. europaea)の関係については、考古植物学・分子系統学・集団遺伝学的研究が蓄積されており、栽培化は地中海東部で少なくとも1回、あるいは複数の地域で独立して起きた可能性が議論されている。
分子系統解析によれば、オリーブ属はモクセイ科の中でフィリレア属(Phillyrea)・ノテレア属(Notelaea)などと近縁な系統群を形成する。葉の銀色の鱗状毛・核果状の果実・風媒花などはオリーブ属の派生的形質として評価されており、地中海型気候の乾燥・強光環境への適応進化の産物と解釈されている。特に葉裏の鱗状毛による光反射・蒸散抑制は、夏期の強烈な日射と乾燥に対する形態的適応の典型例として植物生理学的にも注目される。
オリーブの長命性・強い萌芽再生力・乾燥適応性は、地中海沿岸の撹乱・乾燥環境において何千年にもわたって生き残り、また、人間による栽培管理・剪定・更新に耐えてきた進化的形質の反映であり、作物植物としての成功の基盤ともなっている。
第2版:2026-06-28.
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.