
キハダ(Phellodendron amurense Rupr.)は、日本各地の山地に自生するミカン科キハダ属の落葉高木である。属名はPhellodendron、種小名はamurenseであり、属名はギリシャ語で「コルク」を意味するphellosと「樹木」を意味するdendronとを組み合わせた合成語、種小名は「アムール地方の」を意味するラテン語に由来する。和名は、樹皮の内側にあたる内皮が鮮やかな黄色を呈することから「黄肌」と名付けられたものである。古くから内皮を乾燥させた生薬オウバク(黄柏・黄檗)の原料植物として利用されてきた、薬用植物としての歴史が特に深い樹木の一つである。
樹高は25メートル、幹の太さは1メートル近くに達する落葉高木で、太い枝が傘状の広がりをもつ樹冠を形成する。樹皮は淡黄灰色から淡褐色を呈し、縦に深い溝状の裂け目が入り、内部には厚いコルク層がよく発達する。この樹皮を剥ぐと、鮮やかな黄色の内皮が現れるのが本種の最大の特徴である。小枝は暗褐色で、二股に分岐しながら独特の枝ぶりを見せる。
葉は奇数羽状複葉で、十字対生(対生する葉が直交するようにつく)の配列を示す。小葉は2~6対あり、長さ5~10センチメートルの楕円形で先端は尖り、上面は濃緑色、下面は白色を帯びた粉を吹いたような質感を呈する。雌雄異株であり、初夏(6月ごろ)に長さ約10センチメートルの円錐花序を枝先につけ、黄緑色の小さな花を散房状に咲かせる。果実はミカン科に特有のみかん状果で、直径約1センチメートルの球形を呈し、5つの分果からなり、それぞれに1個の種子を含む。果実には強い芳香があり、秋に黒紫色に熟す。
日本列島全土のほか、サハリン、南千島、朝鮮半島、中国、アムール地方など、東アジア北部を中心とした温帯域に分布する。日本国内では山地の谷間など、湿り気があり、土壌が深く排水の良好な環境を好んで生育する。
陽樹としての性質が強く、先駆性樹木としての性格をあわせもち、山火事跡地のような開放的な裸地では、鳥によって散布された種子からいち早く定着・更新する傾向がある。ただし、カンバ類のような一斉林を形成することは少なく、他の樹種とともに混交林を構成することが多い。雌雄異株であるため、果実をつける雌株は個体数が少なく、野外で普通に見られるのは雄株であることが多い。果実は鳥類などによって摂食され、種子散布の担い手となっている。また、キハダの葉はカラスアゲハやミヤマカラスアゲハといったアゲハチョウ類の幼虫の食草としても利用され、これらの昆虫との生態的な結びつきをもつ。
キハダの樹皮、とりわけ内皮には、ベルベリンをはじめとするイソキノリン系のアルカロイドが豊富に含まれており、そのほかパルマチン、マグノフロリン、フェロデンドリンなどのアルカロイド類、さらに苦味成分であるオバキュノンやリモニンなどのリモノイド類も含有される。これらの成分は樹皮に強い苦味を与えるとともに、大腸菌や赤痢菌、黄色ブドウ球菌など多様な微生物に対する抗菌作用を有することが知られている。
果実にはミカン科植物に共通する精油成分が含まれ、強い芳香を放つ。心材は灰黄色を呈し、気乾比重は約0.47と軽く、狂いが少なく加工性に優れるという材質的特徴をもつ。これらの化学的・物理的特性は、いずれも本種が薬用・工芸用の両面で古くから利用されてきた背景と密接に結びついている。
キハダの内皮を乾燥させた生薬はオウバク(黄柏・黄檗)と呼ばれ、苦味健胃・整腸・抗菌などの薬効をもつ生薬として、日本薬局方にも収載される代表的な薬用植物である。中国最古の薬物書とされる『神農本草経』にも「蘗木」の名で収録されており、日本国内でも縄文時代の遺跡からその利用の痕跡が確認されているなど、極めて古い時代から利用されてきた薬草としても知られる。オウバクを原料とした民間薬「陀羅尼助」や「百草」などは、山岳信仰とも結びつきながら各地で伝承され、今日でも胃腸薬として製造・販売されている。
内皮の鮮やかな黄色は、古くから黄色の染料としても利用されており、奈良時代からキハダで染めた色は「黄蘗色(きはだいろ)」と呼ばれてきた。また、材は灰黄色で光沢が美しく、狂いが少なく加工性に優れることから、机や書棚、箪笥などの家具材としても用いられ、桑材の代用として利用される際には「女桑」と表記されることもある。
キハダの分類学的位置を、階級を廃した現代の分子系統学(APG体系)の枠組みで示すと、次のようになる。被子植物のうち真正双子葉類(Eudicots)に含まれ、その中でもコア真正双子葉類(Core eudicots)、さらにバラ類(Rosids)に位置づけられる。バラ類の中では、アオイ目やフウロソウ目などを含むまとまりであるアオイ類(Malvids)に属し、そこからムクロジ目(学名:Sapindales)が分岐する。
ムクロジ目の中で、キハダはミカン科(学名:Rutaceae)に分類され、キハダ属(学名:Phellodendron)に属する。ミカン科は柑橘類を含むことで知られる科であり、精油成分を含む腺点を葉や果皮に有するという共通の形質によって特徴づけられる。
キハダ属は東アジアの温帯域を中心に数種が分布する比較的小さな属であり、いずれも奇数羽状複葉、雌雄異株、みかん状果という共通の形質をもつ。ミカン科の多くが亜熱帯から熱帯を中心に分布する常緑性の樹木や低木であるのに対し、キハダ属は落葉性の高木としてより温帯的な環境に適応してきた系統であり、この点はミカン科の中でも進化的に特徴的な生態的分化を遂げたグループと位置づけられる。また、樹皮に厚いコルク層を発達させる性質は、落葉性の高木として温帯の寒冷な冬季環境に適応する過程で獲得された形質の一つと考えられている。
第2版:2026-07-11.
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