ノコギリソウ

概要

ノコギリソウ(学名:Achillea alpina L.)は、キク科ノコギリソウ属に属する多年草である。日本では本州から北海道にかけての山地や高原の日当たりのよい草原に自生し、朝鮮半島、中国、ロシア極東にも分布する。和名は、葉の縁が鋸の歯のように鋭く切れ込むことに由来する。別名としてハゴロモソウ(羽衣草)、ゴコウソウ(蜈蚣草)などがあり、生薬名は蓍草(しそう)という。属名Achilleaはギリシャ神話の英雄アキレウスに由来し、彼が戦傷の治療にこの植物を用いたという故事にちなむとされる。日本では古く、まっすぐに伸びる茎を占いの筮竹の原型として用いた歴史も持ち、「めどぎ」という占具の異称の由来ともなった植物である。

形態的特徴

草丈はおおむね50から100センチメートルほどになり、茎は直立してよく分枝する。葉は互生し、質はやや硬めで、掌状ないし羽状に中裂から深裂し、裂片の縁には鋭い鋸歯がある。近縁のセイヨウノコギリソウに比べると、葉の切れ込みはやや浅く、幅もやや広い傾向にあり、この点が両種を野外で見分ける際の手がかりとなる。

花期は7月から9月頃で、茎の先端に多数の頭花からなる散房花序をつくる。頭花は直径1センチメートルに満たない小さなもので、周辺には5個から7個ほどの舌状花が並び、中心には多数の管状花が集まる。花色は白色を基本とするが、淡紅色を帯びる個体もまれに見られ、江戸時代には赤花の園芸品種も作られていたと伝えられる。花後には小さな痩果を結ぶ。

分布と生態

ノコギリソウは日本の本州から北海道にかけて、標高の高い山地から高原の草原に分布し、朝鮮半島、中国、ロシア極東の同様の環境にも見られる。地下茎を持ち、これによって栄養繁殖を行いながら群落を形成する多年草である。直立してよく分枝する茎と鋸歯のある葉を持ち、日当たりのよい開けた草地に適応した生態を示す。

近縁のセイヨウノコギリソウ(Achillea millefolium)はヨーロッパを原産地とし、明治時代に日本へ導入された後、繁殖力の強さから各地で野生化しているが、在来のノコギリソウとは生育環境が一部重なるため、両種が混生する場所も見られる。両種は葉の切れ込みの深さや質感によって識別され、セイヨウノコギリソウの葉がより細かく深く切れ込むのに対し、在来のノコギリソウの葉はより大まかな切れ込みにとどまる。

生理・化学的特徴

ノコギリソウ属の植物は、精油成分としてアズレン類、α-ピネンやリモネンなどのモノテルペン類、カマズレンやアキリンなどのセスキテルペン類を含むことが知られている。これらの成分のうちアズレン類は特有の消炎作用を持つことで知られ、伝統的な民間療法における止血、鎮痛、消炎効果の裏付けとして理解されている。全草を乾燥させたものは、消化器系の調子を整える健胃作用や、体を温めて発汗を促す作用があるとされ、こうした薬理学的性質は近縁種であるセイヨウノコギリソウにおいてより詳しく研究が進められている。

直立して硬く伸びる茎という形態的特徴は、古くから占具として利用されるほどの強靭さを備えており、この物理的な丈夫さも本種の生理的特性の一端を反映していると見ることができる。

人との関わり

ノコギリソウの全草は蓍草(しそう)と呼ばれる生薬として、健胃、感冒、強壮、鎮痛、止血、鎮痙、腫れ物などに対する民間薬として利用されてきた。葉を煎じて服用するほか、すり潰して患部に貼布する外用の用法も伝えられている。日本では奈良・平安の時代から、まっすぐに伸びるその茎が吉凶を占う筮竹の材料として重用された歴史があり、名山や霊山で採れた茎50本を用いて占いを行ったと伝えられる。後の時代にはマメ科のメドハギが代わって用いられるようになり、さらに時代が下って竹を用いる「筮竹」という呼称が定着したが、占具そのものを指す「めどぎ」という言葉には、ノコギリソウが担っていた古い役割の記憶が残されている。

観賞用としては、白や淡紅色の清楚な花を咲かせることから切花やドライフラワーに利用される。近縁のセイヨウノコギリソウは、ヨーロッパにおいて古代ギリシャの時代から負傷兵の治療に用いられた「兵士の傷薬」として知られ、現代でも化粧品原料としてエキスが配合されるなど、ノコギリソウ属全体が薬用・観賞用の両面で人々の生活と深く結びついてきた植物群である。

系統的位置と進化的特徴

ノコギリソウは、真正双子葉類のうち、コア真正双子葉類に含まれるキク類(Asterids)の一群であるキキョウ群(Campanulids)に位置づけられる。キキョウ群の中では、キク目に分類され、ノコギリソウはこのキク目のうち、キク科(学名:Asteraceae)に属し、さらにノコギリソウ属(学名:Achillea)に分類される。

ノコギリソウ属は、細かく切れ込む葉と、多数の小さな頭花が集まって散房花序を形成するという形質を広く共有する一群であり、こうした頭花の密集構造は、送粉昆虫に対する視覚的な誘引効果を高める適応形質として進化したと考えられている。また、精油中にアズレン類やセスキテルペン類を高濃度に蓄積する能力は、キク科に広く見られる二次代謝の多様化を背景として、この属で特に発達した化学的防御形質と位置づけられる。ノコギリソウとセイヨウノコギリソウのように、形態的に酷似しながらも生育環境や化学成分の組成にわずかな違いを持つ近縁種が複数存在することは、ノコギリソウ属における種分化が比較的近年まで継続してきたことを示唆していると考えられている。


第2版:2026-07-13.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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