
フクシア(Fuchsia×hybrida)は、アカバナ科(Onagraceae)フクシア属(Fuchsia)に属する園芸雑種群の総称である。属名は、16世紀ドイツの医師・植物学者レオンハルト・フックスに献名されたものであり、17世紀後半にフランスの植物学者シャルル・プリュミエによって中南米で野生種が発見されたことに端を発する。和名の釣浮草(つりうきそう)は、下垂して咲く花の姿が魚釣りの浮子に似ることに由来し、また蕾の形が瓢箪に似ることから瓢箪草の別名でも呼ばれる。
本種は、単一の野生種を指すものではなく、主にFuchsia magellanicaやFuchsia coccinea、Fuchsia fulgens、Fuchsia arborescensなど複数の野生種を交配親として、主にヨーロッパの園芸家によって育成が重ねられた結果生まれた大輪フクシアの園芸品種群を指す。萼片が反り返り、内側の花弁と対照的な色を見せる独特の花姿から「貴婦人のイヤリング」とも称され、一重咲きから八重咲きまで極めて多様な品種が流通している。
フクシアは樹高30から150センチメートルほどになる落葉性、あるいは半常緑性の低木である。茎は分枝し、しなやかに枝垂れる性質をもつ品種が多く、この性質を活かして吊り鉢仕立てで楽しまれることが多い。葉は対生または輪生し、卵形から披針形で、縁は全縁のものが主体だが、鋸歯をもつ品種も見られる。
花は葉腋から伸びる花柄の先に単生、または散形状につき、下向きに垂れ下がって咲くのが最大の特徴である。花は外側から、4個に深く裂ける筒状ないし漏斗状の萼片と、その内側につく4枚の花弁、そして花の中心から下方に突き出る1本の雌しべと8本の雄しべとから構成される。萼片は上方に大きく反り返り、花弁とは異なる色を呈することが多く、この対照的な配色が本種の観賞価値を高めている。花色は赤、桃色、紫、白など多岐にわたり、咲き方も一重から半八重、八重まで変化に富む。花径は1センチメートルに満たない小輪の品種から8センチメートルを超える大輪の品種まで幅広い。果実は液果で、長さ1センチメートル前後の暗赤色から濃紫色に熟し、微小な種子を多数含む。
フクシア属全体としては、中央アメリカから南アメリカを中心に約100種から110種が知られ、一部はニュージーランドやタヒチにも分布する。多くの野生種は、高冷地や湿り気のある薄暗い森林、渓谷といった、涼しく湿潤な環境に自生する性質をもち、原産地ではハチドリによる送粉を受けて進化してきた経緯がある。
これに対し、フクシアはこうした野生種を交配親として人為的に作出された園芸雑種群であり、それ自体が自生する自然分布域をもつわけではない。育成の主体となったヨーロッパの気候を反映して、涼しく湿り気のある環境を好み、高温多湿に弱い品種が多い。日本の蒸し暑い夏は本来の生育環境とは大きく異なるため、夏越しが栽培上の課題となりやすく、これに対応して日本国内で育成された耐暑性品種も近年は普及している。
フクシアの花に見られる赤色から紫色にかけての多彩な色調は、主としてアントシアニン色素によって発現している。アントシアニンはアントシアニジンという発色団に糖が結合した配糖体であり、結合するアントシアニジンの種類によって色調が変化する。一般に、青みを帯びた花色にはデルフィニジンに由来するアントシアニンが、赤みの強い花色にはペラルゴニジンやシアニジンに由来するアントシアニンが関与することが知られており、フクシアの萼片と花弁が示す色の対比も、こうした色素組成や液胞内のpH、共存する補助色素との相互作用によって生み出されていると考えられる。
また、フクシア属の果実は液果であり、種によって食用に供されるものもある。中でもFuchsia splendensの果実は柑橘類や黒胡椒に似た風味をもち評価が高い一方、無味であったり後味の悪いものなど種による差が大きい。フクシアの交配品種における果実の食味や成分についての知見は、野生種に比べると限定的である。
フクシアは18世紀初頭に文献に登場して以降、ヨーロッパへ紹介された野生種をもとに19世紀前半から本格的な品種改良が始まった。特にイギリスで交配が盛んにおこなわれたほか、フランスやドイツでも積極的な育種がおこなわれ、20世紀に入るとアメリカでも育種が進められるようになった。現在では英国フクシア協会やアメリカフクシア協会など、各国に愛好団体が組織され、登録品種数は優に15000を超えるといわれる。
日本へは明治時代末から昭和初期にかけて導入されたとされ、鉢植えや吊り鉢仕立ての観賞植物として親しまれてきた。ヨーロッパ由来の品種の多くは日本の高温多湿な夏を苦手とするため地植えでの利用は限られるが、近年は日本国内で育成された耐暑性品種も増えており、庭植えの選択肢が広がりつつある。下垂して咲く上品な花姿から「貴婦人のイヤリング」と称されるほか、フクシアの花色にちなんだ色名(フクシャ色、英語でフューシャ)が今日でも広く用いられている点も、本種と人との関わりの深さを物語っている。
フクシアは、真正双子葉類(Eudicots)のうちバラ類(Rosids)に含まれるフトモモ目(Myrtales)のアカバナ科(Onagraceae)に属する。アカバナ科は、花の各部分が4の倍数で構成されるという特徴的な花式をもつ科として知られ、フクシア属もこの特徴を受け継ぎ、4枚の萼片と4枚の花弁、その2倍の8本の雄しべをもつ花を形成する。
フクシア属は南アメリカを中心に多様化した系統群であり、複数の節(セクション)に分けられている。多くの野生種がハチドリを送粉者として利用する適応を遂げており、筒状に伸びた花や鮮やかな萼片の色は、こうした送粉様式との共進化の産物と考えられている。フクシア自体は、こうした野生種のうち複数の種を交配親として人為的な選抜と交雑を重ねて成立した園芸雑種群(ノトタクソン)であり、自然選択のもとで種分化した野生種とは異なり、人間の選好という選抜圧のもとで多様な花形・花色を獲得してきた点に、進化学的に見て特異な成立過程を見出すことができる。
@庭にて。
第2版:2026-07-14.
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.