イヌゴマ

概要

イヌゴマ(Stachys riederi Chamisso var. intermedia(Kudo)Kitam.)は、シソ科(Lamiaceae)イヌゴマ属(Stachys)に属する多年草である。和名は、果実の形がゴマの種子に似ているにもかかわらず食用や実用に供されないことに由来する。同属で食用の塊茎を持つチョロギ(Stachys sieboldii)に地上部の姿が似ることから、別名としてチョロギダマシとも呼ばれる。

日本各地の湿地に自生する在来の多年草であり、夏に咲かせる紅紫色の唇形花は、シソ科に特徴的な花の構造をよく示す観察対象としても親しまれている。

形態的特徴

多年草で、草丈は30から70センチメートルほどになる。細長い地下茎を横に伸ばして繁殖し、秋には地上部の大部分が枯れるが、地下の小さな芽は枯れずに冬を越す。茎は断面が四角形で直立し、稜の上には下向きの短い刺毛が生える。

葉は対生し、披針形から細長い楕円形で、長さ4から8センチメートルほどになる。葉の表面にはしわがあり、縁には鋸歯を持つ。葉柄は短く、上部の葉ではほとんど柄を欠く。葉の裏面や中脈には硬い毛が生えることが多い。

花期は7月から9月ごろである。茎の先端に輪散花序をつくり、唇形の花を多数咲かせる。花冠は紅色を帯び、上唇はほぼ裂けず丸みを帯びる一方、下唇は3裂し、紅色の細かな斑点模様が入るのが特徴である。雄しべは4本あり、下側の2本が長く伸びる。果実は4分果に分かれ、それぞれの分果は小さな卵形を呈する。

分布と生態

日本では北海道から本州、四国、九州にかけて広く分布し、国外では朝鮮半島、中国、ロシア極東などにも見られる。生育地は日当たりの良い湿地や湖沼の岸辺、河川敷のヨシ群落周辺など、水分条件の良い開けた環境である。

春になると地下茎から新芽を伸ばして群生し、毎年花を咲かせる。地下茎による栄養繁殖と種子による繁殖の両方を行うと考えられ、湿性の草地環境に適応した典型的な多年生草本の生活史を示す。同属の近縁種であるエゾイヌゴマなどとは、毛の多さや分布域の点で区別されるが、形態的に類似する点も多く、しばしば同一種内の変異として扱われる。

生理・化学的特徴

イヌゴマ属の植物には、四炭糖が連なるオリゴ糖の一種であるスタキオースが特徴的な糖質として知られており、属名Stachysにちなんでこの糖の名が名付けられた経緯がある。この成分は近縁種のチョロギの塊茎に豊富に含まれることがよく研究されているが、イヌゴマは塊茎を形成しない種であるため、同様の高濃度な糖蓄積器官は持たない。

シソ科の植物に広く見られる傾向として、イヌゴマ属にもフェニルエタノイド配糖体やイリドイド配糖体などのポリフェノール性成分が含まれると考えられるが、イヌゴマ自体を対象とした薬理学的・化学的研究は近縁のチョロギに比べて限られており、種として特化した詳細な成分報告は乏しいのが現状である。

人との関わり

イヌゴマは和名や別名が示すとおり、実用的な利用価値がほとんどない植物として位置づけられてきた。果実がゴマに似ていながら食用にならない点、また地上部がチョロギに似ていながら食用の塊茎を持たない点が、いずれも「イヌ(似て非なるもの)」「〜ダマシ」という否定的な命名の由来となっている。

その一方で、湿地に群生して咲く紅紫色の花は野草としての観賞価値を持ち、野外観察や植物図鑑における身近なシソ科植物の一例として紹介されることが多い。近縁のチョロギが正月のおせち料理などに用いられる食用植物として利用されるのとは対照的に、イヌゴマは主に自生の姿を観察・鑑賞する対象としての関わりが中心である。

系統的位置と進化的特徴

イヌゴマは真正双子葉類のうちキク類に含まれ、目としてはシソ目に位置づけられる。シソ科は四角い茎、対生する葉、唇形の花冠という特徴的な形質を共有する大きな科であり、シソ目の中でも多様な種分化を遂げた系統として知られる。

イヌゴマ属は世界の温帯域に広く分布し、約280種を含む大きな属である。日本には本種のみが自生し、これに加え数種が帰化植物として定着している。属内には、イヌゴマのように食用に利用されない野生的な種群と、チョロギのように地下茎の先端が肥大して食用の塊茎を形成する種群とが併存しており、この違いは同属内における栄養繁殖器官の発達様式の多様化を示す一例といえる。四角い茎や下向きの刺毛、輪散花序といった形質は、シソ科に共通する送粉様式や防御戦略を反映した進化的特徴として理解されている。


第2版:2026-07-16.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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