
テイキンザクラ(Jatropha integerrima Jacq.)は、トウダイグサ科(Euphorbiaceae)ナンヨウアブラギリ属(Jatropha)に属する常緑性の低木ないし小高木である。桜に似た五弁の紅色の花を一年を通して咲かせることから、日本語では提琴桜の名で呼ばれる。提琴とはバイオリンの意味。花ではなく葉の形がバイオリン(提琴)を連想させることに由来し、これに桜を思わせる五弁の花の形状を組み合わせて名付けられたものとされている。西インド諸島原産で、熱帯・亜熱帯地域を中心に観賞用として広く栽培されている。なお、本種は「南洋桜(ナンヨウザクラ)」の別名でも呼ばれることがあるが、これは太平洋戦争期に東南アジアへ派兵された日本人が、望郷の念からこの花を桜に見立てて名付けたという説が伝えられている。ただし、この「南洋桜」という名称は、シナノキ科(またはムラサキシキブ科系統に分類されることもある)の別種Muntingia calaburaにも用いられており、両者は分類上まったく異なる植物である点には注意が必要。
本種は樹高五メートルほどに達する無毛の低木から小高木で、幹の基部がやや肥大した塊茎状の構造を持つことがある。葉は互生し、楕円形から卵形あるいは倒披針形で、全縁のものから浅く三裂するものまで変異があり、葉先は尖る。
本種は雌雄同株であり、雄花と雌花がともに同一の株に、枝先や葉腋に集散花序として集まって咲く。雄花は緑色で縁に細かい毛を持つ五枚の萼片と、赤色で微毛のある五枚の花弁を持ち、内外二重に融合した計十本の雄しべを備える。花の直径は約二・五センチメートルで、桜の花に似た形状から和名の由来となっている。果実は蒴果で、成熟すると三つの分果に分かれて種子を放出する。
本種の原産地は、キューバ西部(フベントゥ島を含む)とされる。観賞用植物として広く導入された結果、現在ではフロリダ、カリブ海諸島、中央アメリカ、南アメリカ北部、さらにはインド、フィリピン、インドネシア、太平洋諸島に至るまで、熱帯・亜熱帯域の広範な地域に帰化ないし栽培植物として定着している。
生態的には、季節的に乾季を伴う熱帯乾燥林を主な生育環境とし、乾燥や高温に対する耐性が高い。一年を通じて途切れることなく開花を続けるため、蜜や花粉を求める昆虫や鳥類にとって安定した資源を提供する植物として機能し、原産地では送粉者を誘引する役割を果たしていると考えられている。
ナンヨウアブラギリ属の植物は、トウダイグサ科に共通する特徴として、組織中に有毒な乳液(ラテックス)を含む。本種の各部にも、レクチンやサポニン、発がん性物質として知られるホルボールエステル類、トリプシン阻害物質などが含まれており、誤って摂取した場合には消化器系の重篤な症状を引き起こす可能性がある。特に種子の毒性が高いことが指摘されている。
一方で、葉の抽出物には多様なジテルペノイド類、フラボノイド類、環状ペプチド類などの二次代謝産物が含まれることが明らかにされており、抗炎症作用をはじめとする薬理活性が報告されている。これらの化学成分は、本種を含むナンヨウアブラギリ属が伝統的に民間療法で利用されてきた背景とも関連していると考えられる。生理的には、乾燥地に適応した多肉質でない木本性の生活形をとりつつ、周年開花という高い繁殖投資を続ける戦略を持つ点が特徴的である。
テイキンザクラは、鮮やかな花色と周年にわたる開花性から、熱帯・亜熱帯地域における代表的な観賞用花木として庭園や公園、鉢植えに広く利用されている。生育が旺盛で剪定にもよく耐えることから、管理された低木として仕立てやすい。
一方で、インドや熱帯アフリカなどの一部地域では、葉の搾汁や煎液が皮膚疾患の治療などを目的とした民間療法に用いられてきた伝統もある。ただし前述のとおり、本種を含むナンヨウアブラギリ属の植物は全草が有毒であるため、誤食による中毒には十分な注意が必要であり、観賞用としての利用に際してもこの点への留意が求められる。
本種は、真正双子葉類のうちバラ類に含まれ、キントラノオ目(Malpighiales)トウダイグサ科(Euphorbiaceae)に位置づけられる。属名はJatrophaである。
ナンヨウアブラギリ属は、トウダイグサ科の中でもホルボールエステル類に代表される有毒なジテルペノイド系化合物を高度に発達させた系統群を含み、この化学的防御形質は、同属のバイオディーゼル原料植物として知られるJatropha curcasなど、多くの近縁種にも共通して見られる派生的な特徴である。本種を含む一群は、雌雄同株でありながら雄花と雌花を明確に分化させ、桜に似た鮮やかな花弁を持つ虫媒花・鳥媒花的な花形態を発達させており、これはトウダイグサ科の中でも比較的目立つ花を持つ送粉様式への適応を反映した進化的特徴として位置づけられる。
第2版:2026-07-23.
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.