
オトギリソウ(弟切草、学名はHypericum erectum Thunb.)は、オトギリソウ科(Hypericaceae)オトギリソウ属(Hypericum)に属する多年生草本である。日本各地の山野に普通に見られる植物であり、夏に黄色い五弁花を咲かせる。和名は、この草の薬効を秘密にしていた弟が、それを他人に漏らしたために兄に斬り殺されたという伝説に由来し、葉に見える黒い斑点はこの時に飛び散った血痕であるとする伝承が各地に伝わっている。古くから止血や傷薬として用いられてきた民間薬用植物としても広く知られている。
草丈は20から60センチメートル程度に達し、茎は直立して上部でよく分枝する。葉は対生し、長楕円形から披針形で柄を持たず茎を抱くようにつく。葉には透かして見ると明瞭に確認できる小さな黒点状ないし線状の油点が多数散在し、これは分泌腔と呼ばれる分泌組織であり、本種を含むオトギリソウ属に共通する識別上重要な形質である。
花期は夏であり、茎頂に集散花序をなして黄色の五弁花を多数つける。花弁は明るい黄色を呈し、しばしば黒色の小点が縁や表面に散在する。雄しべは多数あり、基部で3つの束にまとまる点が特徴的である。花柱は3本に分かれる。果実は卵形の蒴果であり、熟すと3裂して微細な種子を多数散布する。
日本全国に広く分布するほか、朝鮮半島、中国、台湾にも分布が及ぶ。日当たりの良い山野の草地、林縁、道端などに普通に見られ、比較的乾燥した立地から適度に湿った場所まで幅広い環境に適応する。
開花期にはハナバチ類やハナアブ類などの昆虫が訪花し、花粉を求めて訪れることで送粉に寄与する。オトギリソウ属に特徴的な花粉のみを報酬とする送粉様式(蜜を分泌せず花粉を主要な報酬とする様式)を持つことが知られ、多数の雄しべはこうした送粉様式に対応した形質であると考えられている。種子は微細であり、風や雨滴によって周辺へと散布される。
全草、特に葉や花に見られる黒色の油点(分泌腔)には、ナフトジアントロン類であるヒペリシンやプソイドヒペリシン、フロログルシノール誘導体であるヒペルフォリンなどの二次代謝産物が含まれることが知られている。これらの成分のうちヒペリシン類は光増感作用を有し、家畜が大量に摂取した場合に日光皮膚炎(光線過敏症)を引き起こすことが知られている。
近縁の西洋種であるセイヨウオトギリ(Hypericum perforatum)はヒペリシンやヒペルフォリンを有効成分として抗うつ作用に関する研究が進んでいる種であるが、オトギリソウ自体も同様の成分群を含有し、民間薬として利用されてきた背景には、これらの化学成分に基づく生理活性が関与していると考えられている。
オトギリソウは日本において古くから民間薬として用いられてきた代表的な薬草の一つであり、全草を乾燥させたものを煎じて、止血、鎮痛、利尿などを目的として利用する伝統が各地に伝わっている。特に切り傷や打撲傷に対する外用薬として、生の葉をもみつけたり、乾燥品を煎じた液で患部を洗浄したりする利用法が知られている。
和名の由来となった弟切草の伝説は、鷹匠が秘伝の傷薬としてこの草を用いていたという伝承と結びついており、日本各地に類似の説話が残されている。現代においても民間薬としての利用や、山野草としての観賞的価値から関心を持たれる植物であるが、近縁種に見られる光線過敏症のリスクを踏まえ、多量の摂取には注意が必要とされる。
本種は被子植物のうち真正双子葉類(Eudicots)に属し、その中でもバラ類(Rosids)と呼ばれる系統群に含まれる。さらに細分すると、キントラノオ目(Malpighiales)オトギリソウ科(Hypericaceae)に位置づけられる。オトギリソウ科は、従来オトギリソウ属を含む形でオトギリソウ科として広くまとめられてきたが、分子系統解析によりフクギ科(Clusiaceae)から独立した科として扱われることが一般的となっている。
オトギリソウ属は、葉や花に分泌腔を持ち、ヒペリシン類をはじめとする特徴的な二次代謝産物を生合成する能力を、属内で広く共有する形質として保持している。この化学的防御機構の獲得は、キントラノオ目の中でも本属を含む系統が独自に発達させた派生形質であると考えられ、草食動物に対する防御戦略として進化してきたものと推定される。
第2版:2026-07-26.
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