
クスノハガシワ(楠の葉柏)は、トウダイグサ科(Euphorbiaceae)アカメガシワ属(Mallotus)に属する常緑の低木または小高木であり、学名をMallotus philippensis(Lam.)Müll.Arg. という。種小名の「philippensis」はフィリピンを意味し、本種の熱帯的な出自を示している。英名はカマラ・ツリー(kamala tree)、オレンジ・カマラ(orange kamala)、レッド・カマラ(red kamala)などと呼ばれ、果実の表面を覆う橙赤色の腺毛・腺鱗片に由来する。和名は、葉の形状がクスノキ(クスノキ科)に似ていることと、同属の近縁種アカメガシワ(Mallotus japonicus)と同じく「ガシワ」の語が冠されることから命名されたとされる。石灰岩地帯の二次林や海岸林を主な生育地とし、沖縄から熱帯アジア・オーストラリアにかけて広く分布する。果実の腺毛から得られる「カマラ」と呼ばれる物質は、染料および薬用として古来より広く利用されてきた重要な有用植物でもある。
幹は直立し、樹高は通常4〜8メートルに達するが、生育環境によっては最大15メートル以上に及ぶ個体も知られる。小枝、葉柄、花序は帯黄褐色ないし褐色の星状毛に覆われており、この被毛は同属のアカメガシワと区別する際の重要な形質のひとつである。アカメガシワが春の新芽を鮮紅色に染めることで知られるのに対し、クスノハガシワでは新芽が赤くなることはなく、全体的に落ち着いた印象を与える。
葉は互生し、葉柄の長さは2〜9センチメートルである。葉身は卵形から披針形または長楕円形で、長さ5〜20センチメートル、幅3〜6センチメートル、革質で厚みがある。葉の上面は青緑色でほぼ無毛、下面は灰黄色の微細な綿毛に覆われ、まばらに赤色の腺鱗片を散布する。葉縁はほぼ全縁で、先端は鋭く尖る。基部の脈は3本が目立ち、この三行脈(掌状脈)はクスノキ(クスノキ科)の葉を連想させ、和名の由来ともなっている。葉の基部には2〜4個の腺が存在する。
雌雄異株であり、花は花弁を欠く。花序は枝の先端部に着き、花期は2〜4月(地域によっては3〜5月)である。雄花序は分枝せずに長さ5〜10センチメートルに伸び、苞の腋に1〜5個の雄花が束生する。雄花の萼片は3〜4個、雄しべは15〜30本。雌花序は長さ3〜8センチメートル、柱頭は3〜4個に分かれ羽毛状を呈する。果実は蒴果でほぼ球形、直径8〜10ミリメートル、2〜3個の小室をもつ。果実の表面は橙赤色ないし朱赤色の腺鱗片の層に密に覆われており、これが本種の最も特徴的かつ目を引く形質である。種子はほぼ球形で直径約4ミリメートル、黒色を呈する。果期は6〜8月とされるが、地域によって時期は前後する。
日本国内ではトカラ列島(吐噶喇列島)以南の琉球列島に分布する。国外では中国(台湾および大陸南部)、インド、ネパール、ブータン、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマー、タイ、ラオス、ベトナム、マレーシア、フィリピン、インドネシア、ニューギニア、北部オーストラリアに及ぶ広大な分布域をもつ。熱帯・亜熱帯の標高1000メートル以下の地域に多く、暖かく湿潤な気候を好む典型的な熱帯系植物である。
沖縄では特に石灰岩地帯の二次林に多く見られ、林縁や伐採跡地、道路沿いなど撹乱を受けた開けた環境にも積極的に進出する先駆的な傾向をもつ。日当たりのよい明るい場所を好む陽樹的性格を有し、深い林内よりも林縁や疎林に多い。石灰岩土壌のアルカリ性環境に対しても耐性を示し、そのような立地での生育に適応していると考えられる。
アカメガシワ属は先駆樹木として、森林火災や人間の伐採などによって一度破壊された森が、時間の経過とともに再び豊かな森へと戻っていくプロセスである二次遷移の初期から中期段階に多く出現する種を含んでおり、クスノハガシワもその性格を一部備えている。果実は鳥類などの動物によって採食され、種子散布が行われると推定されるが、南西諸島における具体的な種子散布者の詳細は十分に解明されていない。
クスノハガシワの最も重要な化学的特徴は、成熟果実の表面を覆う腺鱗片・腺毛に含まれる多様な化学成分にある。この腺毛の集合体は「カマラ」と呼ばれ、主要な赤色色素成分としてロットレリン(rottlerin、別名マロトクロミン)およびイソロットレリン(isorottlerin)を含む。これらのフロログルシノール系ポリケチド化合物が橙赤色の発色をもたらしており、染料としての利用価値の根拠となっている。
ロットレリンはプロテインキナーゼCδの選択的阻害剤として広く知られており、細胞生物学的研究においてしばしば用いられてきた化合物である。また、その条虫(サナダムシ類)に対する選択的な駆除効果は古来より認識されており、カマラが薬用として世界各地で利用されてきた生物活性の根拠となっている。
果実の腺毛にはロットレリン・イソロットレリンのほかにも、フェノール類、ジテルペノイド、ステロイド、フラボノイド、カルデノライド、トリテルペノイド、クマリン類、イソクマリン類など多様な二次代謝産物が含まれることが報告されている。このうちベルゲニン(bergenin)は、同属のアカメガシワ(Mallotus japonicus)の樹皮にも含まれ、胃液分泌抑制・抗潰瘍作用で知られるイソクマリン誘導体であり、クスノハガシワにも同成分が含まれることが確認されている。さらに樹皮にはタンニンが豊富に含まれており、なめし皮料としての利用も知られている。
根・茎・葉・樹皮にわたる各部位からも生物活性を示す化合物が単離されており、抗菌、抗酸化、抗ウイルス、抗炎症、細胞毒性などの活性が近年の薬理学的研究によって報告されている。ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)に対する抗菌作用についても注目されており、果皮腺毛の含水エタノール抽出物がその活性を示すことが特許資料等に記録されている。
クスノハガシワとヒトとの関わりの中核をなすのが、「カマラ」と呼ばれる果実腺毛の利用である。カマラはインドをはじめとする南アジア・東南アジア各地で古くから染料として利用されてきた。絹や羊毛に橙赤色〜黄色の染色を与え、媒染剤の種類によって色調を変えることができる天然染料として珍重された。英名に「dyer's rottlera」(染師のロットレラ)の別称があることもこの利用を反映している。
薬用としてのカマラの歴史はとりわけ顕著であり、条虫(サナダムシ、広節裂頭条虫など)の駆除薬として世界各地の伝統医学で使用されてきた。カマラは条虫に対して高い選択的毒性を示し、家畜の条虫症治療にも広く用いられた。アメリカの「医師用卓上参考書」(PDR)にも「カマラ」として記載されていた実績をもち、近代医薬品が普及する以前にはインド伝統医学(アーユルヴェーダ)においても重要な薬物として位置づけられていた。また下剤としての作用も知られ、腸管への作用をもつ薬用植物として利用されてきた。
ネパールやインドでは樹皮が寄生虫症、便秘、傷、潰瘍、咳、腎臓・膀胱結石の治療に用いられるほか、葉や根も各地で民間薬として利用されてきた。現代においては、クスノハガシワの樹皮エキスが化粧品・医薬部外品原料として利用されており、タンニンやフラボノイドを含む成分が皮膚ケア用途に応用されている。
日本国内では沖縄などの自生地においてとりわけ利用の歴史が記録されているわけではないが、亜熱帯海岸林の構成種として生態系の一翼を担う樹種として認識されている。また、京都の植物園において屋外栽培でも開花・結実した記録があり、本来の熱帯植物としての印象を超えた耐寒性を示すことが明らかになっている。
被子植物の現代的分類体系(APG体系)において、クスノハガシワはキントラノオ目(Malpighiales)トウダイグサ科(Euphorbiaceae)アカメガシワ属(Mallotus)に位置づけられる。真正双子葉類(Eudicots)の中のバラ類(Rosids)に属し、キントラノオ目はスミレ科、トケイソウ科、ヤナギ科、トウダイグサ科など多様な科を包含する大きな目である。
アカメガシワ属(Mallotus)はド・ルーレイロ(De Loureiro)によって1790年に記載された属であり、現在150種前後が知られ、熱帯・亜熱帯アジアを中心にインド、オーストラリア、アフリカ、マダガスカルにも分布する大属である。分子系統学的研究によれば、Mallotus属(広義)は多系統的な可能性が示されており、近縁の大属であるマカランガ属(Macaranga)との系統的関係も検討されている。現在の分類では、Mallotus属は狭義のアカメガシワ属(Mallotus s. str.)がマカランガ属クレード内のいくつかの小属と姉妹群関係にあるとされ、系統の精密な解析が続けられている。クスノハガシワが属するPhilippinenses節は系統的には側系統的(paraphyletic)である可能性が指摘されており、属内の分類については今後の研究による再整理が待たれる。
本属を特徴づける形態的・進化的特徴として、子房表面の多様な突起(腺体、棘、毛)の発達が挙げられる。クスノハガシワの果実を覆う橙赤色腺鱗片はその顕著な例であり、鮮明な発色は果実散布者への視覚的シグナルとして機能すると同時に、ロットレリンなどの二次代謝産物を蓄積する場としても機能している。このように形態的特徴と化学的防御・繁殖戦略が同一構造に統合されている点は、アカメガシワ属の進化的革新として注目される。
日本産のアカメガシワ属には、本州以南に広く分布する落葉性のアカメガシワ(Mallotus japonicus)、八重山諸島以南に見られる葉裏が白いウラジロアカメガシワ(Mallotus paniculatus)、そして本種クスノハガシワ(Mallotus philippensis)の3種が主要なものとして知られる。このうちアカメガシワは熱帯起源の属から温帯への適応として落葉性を獲得したと考えられており、クスノハガシワはより原始的な常緑性を保持する熱帯要素の代表と位置づけることができる。
第1版:2021-07.
第2版:2026-06-26.
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.