
オニユリ(Lilium lancifolium Thunb.)は、単子葉類(Monocots)に位置するユリ目(Liliales)ユリ科(Liliaceae)ユリ属(Lilium)に属する多年草である。シノニムとしてLilium tigrinum Ker Gawl.が広く知られており、英名「タイガー・リリー(Tiger Lily)」はこのシノニムに由来する。東アジア(日本・中国・朝鮮半島)を原産とし、日本では北海道から九州・南西諸島にかけての山野・草地・海岸近くの斜面などに広く自生または半野生化した状態で見られる。鮮橙色に黒紫色の斑点が散る大輪の花と、茎葉腋に多数形成されるむかごは本種の最も顕著な識別形質であり、古くから広く認識されてきた。
注目すべき点として、日本・朝鮮半島・中国に自生または栽培されるオニユリの個体群の大多数は三倍体(2n=3x=36)であり、花粉稔性をほとんどもたないため種子をほとんど結ばない。繁殖はもっぱらむかごおよび鱗茎の分割によって行われる。この三倍体性は長期にわたる人為的栽培・選抜の過程で固定されたと考えられており、オニユリが古くから食用・薬用・観賞用として人間に利用・管理されてきた歴史を反映している。鱗茎は食用・生薬として重要であり、特に中国・日本・韓国では鱗茎を「百合根(ゆりね)」として食用にする文化が長く継承されている。
オニユリは草丈50〜150センチメートル(まれに200センチメートル)に達する多年草であり、地下に肉質の鱗茎(りんけい)を形成する。鱗茎は球形から広卵形で直径4〜8センチメートル、多数の白色から淡黄色の厚い肉質鱗片が重なり合って構成される。鱗茎底部から多数のひげ根が伸びる。茎は直立し、円筒形で紫褐色から緑色、表面には白色の綿毛が密生する。茎は硬くやや木質化する傾向がある。
葉は茎に互生し、披針形から線状披針形で長さ5〜18センチメートル、幅0.5〜1.5センチメートル、先端は尖り、基部は無柄で茎を抱かない。葉脈は平行脈で5〜7本が明瞭。葉の質は薄く、両面ほぼ無毛、葉色は濃緑色である。葉腋には黒紫色のむかご(零余子・珠芽)が1〜数個形成されるが、これは本種の最も顕著な特徴の一つであり、同属の他の野生ユリ類との識別点として重要である。むかごは成熟すると脱落して地面に落下し、発芽して新しい個体を形成する。
花は7〜8月頃に開花し、茎頂部に総状花序をなして3〜20個(まれにそれ以上)の花を下垂させる。花は強く反り返った(反転した)6枚の花被片からなり、全体として直径10〜12センチメートルに達する大輪である。花被片は鮮橙色(橙赤色)の地に黒紫色の斑点が散在し、この斑点模様が英名「タイガー・リリー」の由来となっている。花被片の内面基部には乳頭状突起が密生する。雄蕊は6本で花糸は細長く外方に開き、葯は暗赤褐色から紅紫色で丁字形(T字形)に花糸先端に着生する。雌蕊は1本で柱頭は膨大して3裂する。三倍体個体では花粉の稔性が低く(または皆無で)、結実はほとんど見られない。花には強い芳香がある。
果実は蒴果(さくか)であるが、三倍体個体では果実の形成はほとんど見られない。二倍体個体では長楕円形の蒴果が形成され、成熟すると3裂して扁平な翼状の種子を多数散布する。
オニユリの原産地は東アジアであり、中国・朝鮮半島・日本が主たる分布域とされる。ただし前述のように大多数の個体群は三倍体であるため、自然状態での有性生殖による分布拡大は生じにくく、むかごによる局所的な繁殖拡大と人間による移植・栽培が分布域の形成に大きく寄与してきた。日本では北海道から九州・南西諸島にかけての山野・草地・林縁・海岸草地・道路脇・集落周辺などに広く見られるが、その多くは過去の栽培品が逸出・野生化したものと考えられている。観賞用・食用として北アメリカ・ヨーロッパ・オーストラリアにも導入されており、一部地域では帰化植物として定着している。
自生または半野生化した環境では、日当たりのよい草地・林縁・斜面・海岸近くの砂礫地などに生育する。適度な湿潤と水はけのよい土壌を好み、過湿・滞水には弱い。耐寒性は強く、北海道でも容易に越冬する。むかごによる繁殖力が旺盛であり、適切な環境では群落を形成することがある。
花期には大型のアゲハチョウ類・マルハナバチ類・スズメガ類などが主要な訪花者として観察される。下垂した花と反転した花被片は、大型の訪花者が花に止まりやすい構造を提供している。花粉が稔性をほとんどもたない三倍体個体においても訪花者は蜜を求めて訪花するが、有効な送粉は行われない。むかごは自然落下によって親株の周辺に散布され、局所的に群落を広げる主要な繁殖手段となっている。
ウイルス病(キュウリモザイクウイルス・ユリモザイクウイルスなど)に対する感受性が高く、オニユリはしばしばウイルスの保菌植物(キャリアー)となり、アブラムシを介して周辺の他のユリ類や農作物にウイルスを伝播させる問題が指摘されている。このため、ユリ類の栽培農場周辺でのオニユリの栽培は忌避される場合がある。
オニユリの鱗茎には炭水化物(デンプン・グルコース・フルクトース・スクロースなど)が豊富に蓄積されており、これが食用としての主たる栄養成分である。鱗茎の乾物重に占めるデンプン含量は30〜50パーセント程度に達し、エネルギー源として優れた食用鱗茎であることを示している。タンパク質・脂質も含まれ、ミネラル類(カリウム・リン・カルシウム・鉄など)およびビタミン類(ビタミンB群・ビタミンCなど)も含有する。
二次代謝産物としてはステロイドサポニン類・フェノール酸類・フラボノイド類・コルヒチン類縁アルカロイドが含まれることが報告されている。ユリ属植物に広く含まれるステロイドサポニン類は抗炎症・抗腫瘍・免疫調節などの生物活性をもつことが試験管内実験で示されている。フェノール酸類としてはクロロゲン酸・カフェ酸・フェルラ酸などが同定されており、抗酸化活性に寄与する。
花粉にはユリ属に特徴的な橙赤色の脂溶性色素(カロテノイド類)が含まれ、衣服・皮膚への付着によって強い着色を引き起こす。この着色性は花粉によるシミとして実用上の問題となることがある。
重要な毒性として、ネコ科動物(ネコ)に対する強い腎毒性が知られている。オニユリを含むユリ属植物のすべての部位(花・葉・茎・花粉・鱗茎・水まで)はネコにとって致死的な毒性をもち、微量の摂取でも急性腎不全を引き起こす可能性がある。毒性成分の化学的同定は現時点では完全ではないが、水溶性の低分子化合物が関与すると考えられている。イヌ・人間に対しては通常の食用量では安全とされるが、ネコのいる家庭でのオニユリ栽培・飾り花への使用は厳に避けるべきとされている。
オニユリは東アジアにおいて少なくとも数千年にわたって人間に利用されてきた植物であり、食用・薬用・観賞用の三つの側面で重要な役割を果たしてきた。食用としての利用は中国・日本・韓国に共通して見られ、鱗茎を「百合根(ゆりね)」として食用にする文化が長く継承されている。百合根は鱗片を一枚ずつはがして調理し、茶碗蒸し・煮物・炒め物・和え物・スープなどに用いられる。ほのかな苦みとほくほくとした食感が特徴であり、高級食材として現在も流通している。食用百合根の主要な商業栽培品種はオニユリのほか、コオニユリ(Lilium leichtlinii var. maximowiczii)・ヤマユリ(Lilium auratum)なども用いられる。
生薬としては鱗茎を「百合(びゃくごう)」と呼び、中国・日本の伝統医学において滋陰潤肺・清心安神(じいんじゅんぱい・せいしんあんじん)の効能をもつ薬物として用いられてきた。咳・喘息・不眠・動悸・精神不安などに適応するとされ、百合固金湯(びゃくごうこきんとう)・百合知母湯などの漢方処方に配合される。日本薬局方には「百合(ビャクゴウ)」が収載されており、Lilium lancifolium Thunb.、Lilium brownii F.E.Br. ex Miellez var. viridulum Baker、またはLilium pumilum Redouté の鱗茎を基原植物と規定している。
観賞用としては欧米への導入が19世紀に行われ、ヨーロッパ・北アメリカの園芸界で広く普及した。強健で栽培が容易であること、大輪で鮮やかな花色をもつこと、むかごによる増殖が容易なことから、アマチュア園芸家にも広く親しまれている。現代の園芸品種(ハイブリッドユリ)の育種においてもオニユリは重要な交配親の一つとして利用されており、アジアティック・ハイブリッド・グループの育成に貢献した。
むかごは食用にも用いられ、炒め物・素揚げ・酢漬けなどに利用される地域もある。茎・葉は若いうちに食用にする記録が民族植物学的調査によって報告されている。
オニユリが属するユリ科(Liliaceae)は、単子葉類(Monocots)のうちユリ目(Liliales)に含まれる科である。APG IV(2016年)の体系においてユリ科は狭義(sensu stricto)に定義されており、ユリ属(Lilium)・チューリップ属(Tulipa)・フリチラリア属(Fritillaria)・エリスロニウム属(Erythronium)・ノトリリオン属(Notholirion)・カルドクリナム属(Cardiocrinum)などを含む。ユリ目にはユリ科のほか、イヌサフラン科(Colchicaceae)・メランチウム科(Melanthiaceae)・フィレシア科(Philesiaceae)・リポゴヌム科(Ripogonaceae)・スミラキナ科(Smilacaceae)などが含まれる。
ユリ属(Lilium)は北半球の温帯から亜寒帯にかけて約100種が知られ、東アジア・北アメリカ・ヨーロッパに分布の中心をもつ。分子系統解析によれば、ユリ属はカルドクリナム属(Cardiocrinum)・ノトリリオン属(Notholirion)・フリチラリア属(Fritillaria)と近縁であり、これらをまとめてユリ連(Lilieae)として扱う見解がある。ユリ属内の系統関係については分子系統学的研究が進んでおり、オニユリは東アジア産の有むかご性ユリ類のグループに位置づけられる。
オニユリの三倍体性は進化・育種上きわめて興味深い現象である。三倍体の起源については、自然界での二倍体と四倍体の交雑、または栽培過程での染色体倍加・交雑による偶発的な三倍体形成が繰り返され、むかごによる栄養繁殖によってこれが固定・維持されてきたと考えられている。三倍体は種子繁殖ができない代わりにむかご・鱗茎による栄養繁殖に特化することで、人間の管理下において効率的に増殖・維持される「半栽培植物」としての地位を確立してきた。このような三倍体化と栄養繁殖への特化は、人間と植物の共進化的関係の好例として植物学・農学の観点から注目される。
ユリ科全体の進化的特徴として、大型で目立つ花・花被片6枚による均整のとれた花型・球根(鱗茎・球茎・根茎)による栄養繁殖・ゲノムの大型化(ユリ属は被子植物の中で最大級のゲノムサイズをもつグループの一つ)などが挙げられる。大型の花と多様な色彩・香気はチョウ類・ガ類・ハチ類・ハナアブ類・鳥類など多様な送粉者を誘引するための収斂進化的適応の産物であり、ユリ目における花の多様化の主要な推進力となってきたと考えられている。オニユリに見られるむかごという特殊な栄養繁殖器官は、ユリ属の一部の系統に独立して進化した形質であり、種子散布に頼らない繁殖戦略として不安定な撹乱環境や人為的管理下での定着に有利に働いてきたと推定される。
第2版:2026-06-30.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.