シラン

概要

シラン(Bletilla striata (Thunb.) Rchb.f.)は、単子葉類(Monocots)に位置するキジカクシ目(Asparagales)ラン科(Orchidaceae)シラン属(Bletilla)に属する多年草である。中国・日本・台湾・ミャンマーを原産とし、日本では本州(関東以西)・四国・九州・南西諸島の山地草原・岩場・林縁などに自生するが、古くから広く栽培されてきたため自生と栽培品の逸出個体の区別が難しい地域も多い。和名「シラン」は「紫蘭」と表記し、紫色の花を咲かせるランであることに由来する。

ラン科植物の中では例外的に栽培容易な種として知られ、耐寒性・耐暑性ともに強く、日本の気候に広く適応する。春から初夏にかけて紅紫色の美しい花を数輪咲かせる草姿は庭園・公園・道路緑化などで広く親しまれており、日本で最もポピュラーな地生ラン(地上性ラン)の一つである。偽球茎(バルブ)を乾燥させた生薬「白及(はくきゅう)」は中国・日本の伝統医学において止血・収斂・化膿防止の効能をもつ重要な生薬として古くから用いられてきた。偽球茎に豊富に含まれるグルコマンナン(白及グルコマンナン)は粘着性・皮膜形成能に優れ、医薬品・化粧品・食品の基材としても利用されてきた。

形態的特徴

シランは草丈30〜70センチメートル程度の多年草であり、地下に扁平な偽球茎(バルブ・仮球茎)を形成する。偽球茎は扁球形から不規則な多角形状で直径2〜4センチメートル、表面は白色から淡黄白色で輪状の節が数個あり、複数個が連なって群生する。偽球茎の底部から多数のひげ根が伸びる。茎は直立し、偽球茎の先端から数枚の葉とともに花茎を直立させる。

葉は3〜5枚が茎に互生状につき、葉身は広披針形から長楕円形で長さ20〜40センチメートル、幅2〜4センチメートル。葉先は鋭尖頭、基部は鞘状になって茎を抱く。葉脈は平行脈で多数が縦走し、葉面には縦に走るしわが規則正しく並んで縦皺(じゅうしゅう)状の表面を形成することが本種の顕著な識別形質の一つである。葉質はやや薄く、葉色は緑色から黄緑色、光沢はない。

花は4〜6月頃に開花し、花茎頂部の総状花序に3〜10個の花を順次開く。個々の花は直径3〜4センチメートルで紅紫色(まれに白色・ピンク色・絞り咲きなど)、ランらしい左右相称の唇形花である。外花被片(萼片)は3枚で披針形から長楕円形、内花被片(花弁)は3枚で外花被片とほぼ同形・同大の2枚と、高度に変形した1枚の唇弁(リップ)からなる。唇弁は3裂し、中裂片には波状の皺のある5本の隆起した稜(けい)が走り、側裂片は蕊柱(ずいちゅう)を抱き込むように湾曲する。唇弁の色は外花被片よりやや淡く、中央部に白色・黄色の模様が入ることが多い。蕊柱(ずいちゅう・column)は棒状で花の中央に位置し、その先端に葯帽(やくぼう)が被さり、内部に花粉塊(ポリニア)が2個収まる。子房は下位で細長く、花茎に沿って下方に伸びる(ねじれた子房が花柄状に見える)。

果実は蒴果(さくか)で長さ3〜4センチメートルの円柱形から紡錘形、成熟すると6本の縦溝に沿って裂開し、微細な種子を多数散出する。種子は長さ0.5〜1ミリメートルの糸状で極めて軽く、風によって広範囲に散布される。

分布と生態

シランの自然分布域は東アジアであり、中国中部から南部(湖北省・四川省・貴州省・雲南省・浙江省・福建省・広東省など)・日本(本州関東以西・四国・九州・南西諸島)・台湾・ミャンマーに及ぶ。日本での自生地は山地の日当たりのよい草地・岩場・林縁・崩壊斜面などであり、特に蛇紋岩地帯や石灰岩地帯の草原に多く見られる傾向がある。しかし古くから広く栽培されてきたため、現在の日本での分布の多くは栽培品の逸出・帰化によるものと考えられており、真の自生地と逸出個体の区別は困難な場合が多い。

日当たりから半日陰まで幅広い光条件に適応し、水はけのよい土壌を好む。適度な湿潤に適応するが過湿・滞水には弱い。耐寒性は強く、関東地方以西では戸外での越冬が可能であり、落葉して偽球茎で越冬する。耐暑性も高く、夏の高温にも耐える。これらの特性がシランを日本で最も栽培容易な地生ランの一つたらしめている。

ラン科植物全般と同様に、シランも発芽・初期生長においてラン菌根菌(orchid mycorrhizal fungi)との共生を必要とする。種子は発芽に必要な栄養をほとんど蓄えていないため(種子内に胚乳がない)、特定の菌根菌から炭素源・栄養分の供給を受けることで初めて発芽・生長できる。成熟した植物体においても菌根共生は維持されると考えられているが、その依存度は発芽期より低下する。

花の送粉については、シランは蜜を分泌しない「欺瞞花(ぎまんか)」の一つとして知られている。ハナバチ類(主としてマルハナバチ類)は蜜や花粉を求めて訪花するが、花は実際には蜜を提供せず、送粉者を欺いて花粉塊を運ばせるという欺瞞的送粉戦略をとる。このような無報酬送粉(deceptive pollination)はラン科植物に広く見られる送粉戦略であり、特定の送粉者との共進化的関係を示している。

生理・化学的特徴

シランの偽球茎の最も重要な化学成分は白及グルコマンナン(bletilla glucomannan)と呼ばれる多糖類であり、偽球茎乾燥重量の40〜60パーセントを占める。白及グルコマンナンはグルコースとマンノースがβ-1,4結合で連なった直鎖状の多糖に、β-1,3結合による分岐をもつ構造をなす。これは強い吸水性・膨潤性・粘着性・皮膜形成能をもち、止血・創傷被覆・組織保護などの薬理作用の主要な物質的基盤となっている。また白及グルコマンナンは腸管での消化を受けにくい水溶性食物繊維としての性格をもち、整腸・コレステロール低下・血糖上昇抑制などの機能性も報告されている。

フェナントレン誘導体(phenanthrene derivatives)としてはブレチリン(bletillin)・シランオール(shiranool)・ヒルスチノール(hircinol)・4-メトキシフェナントレン類などが同定されており、これらは抗菌・抗腫瘍・抗酸化活性を示すことが報告されている。これらのフェナントレン誘導体はラン科植物に特徴的なフィトアレキシン(植物性抗菌物質)として機能し、病原菌感染に対する防御に関与すると考えられている。

ビベンジル類(bibenzyls)としてはバタタシン(batatasin)類縁体・ロエストリン(loestrins)類が含まれ、これらも抗菌・抗腫瘍活性が報告されている。また偽球茎にはデンプン・粘液質・揮発油・シュウ酸カルシウム結晶なども含まれる。

止血作用の機序については、白及グルコマンナンによる物理的な創傷被覆・凝血促進に加えて、フェナントレン誘導体・ビベンジル類による血小板凝集促進・血管収縮作用の関与が示唆されている。また抗菌活性をもつフェナントレン類が創傷部位での感染防止にも寄与すると考えられている。

人との関わり

シランは中国・日本において少なくとも2000年以上の薬用・観賞用の歴史をもつ。生薬「白及(はくきゅう)」は中国最古の本草書とされる『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』(後漢時代成立と推定)にすでに収載されており、下品(げほん)の薬物として止血・痈腫(よくしゅ)・外傷への効能が記されている。以来、中医学・漢方医学において止血・収斂・肌肉生長(きにくせいちょう)の効能をもつ重要生薬として2000年以上にわたって使用されてきた。

主な適応は喀血(かっけつ)・吐血・鼻出血・外傷出血・皮膚潰瘍・火傷・皮膚のひび割れ・肺結核などであり、内服・外用いずれにも用いられる。日本薬局方(第十八改正)には「白及(ビャクキュウ)」が収載されており、Bletilla striata (Thunb.) Rchb.f.の偽球茎を基原植物と規定している。漢方処方では単味で用いられることが多いが、三七(さんしち・Panax notoginseng)・阿膠(あきょう)などと配合されることもある。

白及グルコマンナンは近年、医薬品・医療材料の分野でも注目されている。創傷被覆材・止血スポンジ・薬物徐放担体・組織工学用足場材料などへの応用研究が進められており、生体適合性・生分解性に優れた天然高分子素材として評価されている。また化粧品分野では皮膚保湿・皮膚保護を目的とした乳液・クリーム・マスクの基材として利用されている。

観賞用としては平安時代の文献にすでに記述が見られ、日本の庭園に古くから植栽されてきた歴史をもつ。栽培が容易で耐寒性・耐暑性ともに強く、日本の気候に幅広く適応することから、現代においても最もポピュラーな庭園ランの一つとして広く普及している。白花品種・ピンク花品種・絞り咲き品種・斑入り葉品種など多様な園芸品種が育成されており、茶花・生け花・鉢植えなどに利用される。道路緑化・公園植栽における地被植物としての利用も普及している。

系統的位置と進化的特徴

シランが属するラン科(Orchidaceae)は、単子葉類(Monocots)のうちキジカクシ目(Asparagales)に含まれ、被子植物全体の中で最大の科の一つであり、世界に約700〜800属28,000種以上が知られる。ラン科はキジカクシ目の中でも高度に特化した系統として位置づけられ、同目に含まれるキジカクシ科(Asparagaceae)・アヤメ科(Iridaceae)・ヒガンバナ科(Amaryllidaceae)などとは明確に区別される単系統群を形成する。

シラン属(Bletilla)はラン科のうちエピデンドロイデア亜科(Epidendroideae)に位置し、東アジアに約6種が知られる小属である。エピデンドロイデア亜科はラン科最大の亜科であり、カトレア属(Cattleya)・デンドロビウム属(Dendrobium)・バニラ属(Vanilla)など多くの観賞用・商業用ランを含む。シラン属は地生性であり、偽球茎の形態・花の構造・染色体数(2n=32)などの形態学的・細胞学的特徴によって同亜科内の他属と区別される。

ラン科全体の進化的特徴として、蕊柱(雄蕊と雌蕊が融合した構造)・花粉塊(ポリニア)・下位子房・菌根共生依存的な種子発芽・欺瞞的送粉を含む多様な送粉戦略・極めて軽量で多数の微細種子などが挙げられる。これらの特徴の組み合わせがラン科の爆発的な種多様化(被子植物中最大規模の一つ)を可能にした進化的革新として理解されている。

シランが示す欺瞞的送粉戦略(蜜を提供せずにハナバチ類を欺いて送粉させる)はラン科の送粉多様化の典型例であり、特定の送粉者との精密な共進化関係を示す。蜜腺をもたない花が特定の送粉者を誘引・欺くための視覚的・嗅覚的シグナルの進化は、ラン科における収斂進化と平行進化の顕著な事例として植物進化学上重要な研究対象となっている。また菌根共生依存的な種子発芽は、微細種子による広域散布能力と引き換えに特定の菌根菌の存在に依存するという生態的制約を生み出しており、シランを含むラン科植物の分布・個体群動態に大きな影響を与えている。白及グルコマンナンに代表される特異な二次代謝産物の蓄積も、ラン科植物が長期にわたる進化の過程で獲得した化学的多様性の一端を示すものとして位置づけられる。


第2版:2026-07-01.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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