コヒーレント光モジュール

summary:

コヒーレント光モジュールとは,光通信において送信光と受信側の局部発振光の位相関係を利用して,振幅と位相の両方の情報を同時に検出・処理する高度な光通信技術を実装したモジュールである.この技術により,従来の直接検波方式では実現困難であった高次変調方式の採用と,大幅なスペクトル効率の向上が可能となっている.

コヒーレント光モジュールの起源は1980年代に遡る.当時,コヒーレント通信の理論的基礎はすでに確立していたが,実装上の複雑さ,温度安定性の確保,レーザの狭線幅化[数十kHz以下],受信側コヒーレント検波器の高精度化,位相雑音の抑制などが技術的障壁となり,実用化には至らなかった.しかし,2000年代後半に至り,光通信用デジタル信号処理[DSP]の処理能力が飛躍的に向上し,高速ADC[アナログ-デジタル変換器]技術の発達,さらに高性能な狭線幅半導体レーザと高感度な90度光ハイブリッド受信器の開発が進んだことで,商用レベルでの実用的な実装が可能となった.

2008年から2009年にかけて,米Infinera社が世界初の商用100Gbpsコヒーレント光通信システムを市場投入したことが,コヒーレント通信技術の実用化における重要な転機となった.その後,Ciena,Alcatel-Lucent[現Nokia],Fujitsu,NEC,Huawei,Cisco,Ericsson,ADVA Opticalなどの主要ベンダーが相次いで同様の技術を搭載した光トランスポンダやモジュールを市場に投入し,コヒーレント光モジュールは急速に業界標準技術として確立された.特に,DP-QPSK[Dual Polarization Quadrature Phase Shift Keying]という偏波多重直交位相変調方式の導入によって,従来のNRZ-OOK[Non-Return-to-Zero On-Off Keying]方式と比較してスペクトル効率が4倍に向上し,1波長あたり100Gbps以上の高速伝送が現実のものとなった.

その後の急速な技術進展により,DP-8QAM,DP-16QAM,DP-32QAM,DP-64QAMといった高次多値変調方式が段階的に導入され,さらに伝送帯域もCバンド[1530-1565nm]からLバンド[1565-1625nm],さらにはSバンド[1460-1530nm]へと拡張されたことで,光ファイバ1本あたりの総伝送容量は数十Tbpsから100Tbpsを超える水準に達するようになった.これらの高性能を支えるコヒーレント光モジュールは,送信側においてデュアルポラライゼーションIQ変調器,偏波多重回路,波長制御機構,光出力パワー制御回路を備え,受信側には狭線幅局部発振レーザ,90度光ハイブリッド回路,偏波分離器,バランス型フォトダイオード,高速ADC,低雑音増幅器などの高機能回路を高密度に実装している.DSPチップはこれらの回路からの出力信号をリアルタイムで処理し,クロック同期回復,搬送波位相回復,偏波モード分離,適応等化,非線形補償,高性能FEC[Forward Error Correction]復号などの極めて複雑な信号処理を並列かつ高速に実行している.

また,コヒーレント光モジュールはフォームファクタの小型化・標準化においても劇的な進展を遂げた.初期はベンダー独自仕様の大型モジュール[5インチ以上のラインカード形状]であったが,2010年代中盤からはCFP[C Form-factor Pluggable],CFP2,CFP4,QSFP28,QSFP-DD,OSFP[Octal Small Form-factor Pluggable]などの業界標準プラガブル形状への実装が進み,現在では400ZR,400ZR+,800ZR,OpenZR+といったOIF[Optical Internetworking Forum]およびOpenZR+ MSA[Multi-Source Agreement]に準拠した相互運用性を保証する標準化モジュールが次々に市場投入されている.これにより,データセンター間接続[DCI],メトロ・リージョナルネットワーク,クラウドプロバイダー間接続用途においても,ルーターやスイッチの標準スロットに直接挿入可能な高性能光トランシーバとして広範に採用されるようになった.

コヒーレント光モジュールはその後,SDN[Software Defined Networking]/NFV[Network Function Virtualization]時代の要求に適応するべく,ソフトウェアによる動的パラメータ制御[伝送レート,変調方式,FEC符号化率,光出力パワー,分散補償量の選択]を可能とし,ネットワークトラフィック状況や伝送路品質に応じた柔軟な再構成を実現する知的構成要素へと進化している.さらに,AI/ML[人工知能・機械学習]アルゴリズムの組み込みにより,予測的性能最適化,自動品質監視,プロアクティブな障害予測といった自律運用機能も実装されつつある.

今後の技術展開としては,光ファイバ空間分割多重[SDM: Space Division Multiplexing]技術との統合,周波数弾性光ネットワーク[Elastic Optical Network]への対応,さらには量子通信技術との融合を視野に入れたモジュールの研究開発も活発化している.また,1.6Tbps,3.2Tbps,さらにはそれを超える超大容量伝送に対応するコヒーレント光モジュールの開発も進んでおり,コヒーレント技術は高度化・高速化・汎用化の方向に継続的に進歩している.

すなわち,コヒーレント光モジュールは,現代光通信技術の根幹を支える中核構成要素であり,変調・復調技術の高度化,信号品質向上,小型化・低消費電力化,そしてネットワーク運用柔軟性の確保といった多面的な側面において,極めて重要な役割を担っている.コヒーレント技術の継続的進歩は,5G/6G移動通信,クラウドコンピューティング,エッジコンピューティング,IoT,さらには将来の量子インターネットといった次世代通信インフラの性能限界と実現可能性を直接的に規定する決定的要因であると言える.

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