コウホン



概要

コウホン(Ligusticum chuanxiong S.H.Qiu et al.)は、真正双子葉類(Eudicots)、キク類(Asterids)に位置するセリ目(Apiales)セリ科(Apiaceae)ミヤマウイキョウ属(Ligusticum)に属する多年草である。中国名は「川芎(せんきゅう)」であり、日本の漢方・生薬の分野では「川芎(センキュウ)」の名で広く知られる。なお「コウホン」という和名は同属別種のLigusticum jeholense(藁本・コウホン)に対してより厳密に用いられる場合があり、生薬「藁本(コウホン)」の基原植物としてはLigusticum jeholense Nakai et Kitag.またはLigusticum sinense Oliv.が日本薬局方に収載されている。本稿では生薬「藁本(コウホン)」の主要基原植物であるLigusticum jeholenseを中心に記述し、関連するLigusticum sinenseについても適宜言及する。

コウホン(藁本)は東アジアの山地に自生する多年草であり、根茎および根を乾燥させた生薬「藁本(コウホン)」は中国・日本・韓国の伝統医学において頭痛・感冒・風寒湿痺・皮膚疾患などの治療に古くから用いられてきた重要な生薬である。根茎には揮発性精油成分を豊富に含み、独特の強い芳香をもつことが特徴である。白色の小花を複散形花序に多数つける草姿はセリ科植物に典型的であり、山地の草原・林縁・渓谷沿いなどに生育する。

形態的特徴

Ligusticum jeholenseは草丈40〜100センチメートル程度の多年草であり、根茎は太く不規則に塊状化し、強い芳香をもつ。根茎の表面は暗褐色から黒褐色で、縦に皺が走り、節が明瞭である。根は細根が根茎から多数伸び出す。茎は直立し、円筒形で中空、縦に細かい稜(りょう)があり、無毛または疎らに毛を帯びる。茎の下部は淡緑色から紫褐色を帯びる場合がある。

葉は互生し、根生葉および茎下部の葉は長い葉柄をもち、葉柄基部は膨らんで茎を抱く鞘状となる。葉身は2〜3回羽状複葉で、全体の輪郭は広三角形から卵形、長さ10〜30センチメートルに達する。小葉は卵形から披針形で、縁には粗い鋸歯または欠刻がある。茎上部の葉は小型化し、葉柄が短縮して鞘状部が発達する。葉質は薄く、葉色は緑色から暗緑色である。

花は7〜9月頃に開花し、茎頂および上部の葉腋から複散形花序を出す。総苞片は線形で数枚、小総苞片(小苞片)も線形で数枚つく。小散形花序には多数の小花が密につく。個々の花は直径2〜3ミリメートルの小花で、花弁は5枚、白色、先端が内側に巻く。萼歯は不明瞭または欠く。雄蕊は5本で花弁と互生し、雌蕊は1本、子房は下位で2室、花柱は2本で基部は肥大して花盤(花柱台)をなす。

果実は分果(ぶんか)で、2個の分果が合着した複合果(双懸果・そうけんか)をなし、長さ3〜5ミリメートルの楕円形から卵形である。各分果の背面には5本の稜があり、稜間および合生面には油管(ゆかん)が発達し、精油を蓄積する。果実は成熟すると2分果に分離し、風や動物によって散布される。

分布と生態

Ligusticum jeholenseの自然分布域は中国北部から東北部(旧熱河省・河北省・遼寧省・吉林省・黒龍江省・内モンゴルなど)・朝鮮半島・ロシア極東部に及ぶ。日本には自生しないが、生薬原料として中国から輸入されるほか、薬草園などで栽培されることがある。Ligusticum sinenseは中国中部から南部(湖北省・四川省・陝西省・浙江省など)に分布する。

自生地では、山地の林縁・草原・灌木林・渓谷沿いの湿潤な斜面などに生育し、標高1000〜2500メートル程度の冷涼な環境を好む。腐植質に富む湿潤な土壌を好み、適度な日照と通気性のよい環境に適応する。耐寒性は強く、冬季には地上部が枯死して根茎で越冬する典型的な多年草の生活史をもつ。

花期の複散形花序には多種のハナアブ類・ハナバチ類・甲虫類などの訪花昆虫が集まり、虫媒送粉が行われる。セリ科植物に特有の開放型の花構造は多様な訪花者を受け入れる非特異的な送粉戦略を示している。果実は双懸果の構造を活かして風散布および動物への付着による散布が行われると考えられる。

栽培においては、水はけがよく腐植質に富む弱酸性から中性の土壌が適し、高温多湿を嫌う。中国では四川省・湖南省・陝西省などがLigusticum sinense(川芎)の主要産地であり、根茎を分割して株分け繁殖させる方法が伝統的に行われている。

生理・化学的特徴

コウホンの根茎には揮発性精油成分が豊富に含まれており、その独特の強い芳香はこれらの成分によるものである。精油の主要成分としては、テルペン類(α-ピネン・β-ピネン・カンフェン・リモネン・テルピノレンなど)のほか、フタリド類(phthalides)が特徴的成分として同定されている。フタリド類はセリ科植物に特有の二次代謝産物であり、コウホン(Ligusticum jeholense)および近縁の川芎(Ligusticum sinenseLigusticum chuanxiong)ではリグスチライド(ligustilide)・ブチリデンフタリド(butylidenephthalide)・ブチルフタリド(butylphthalide)などが主要フタリド成分として同定されている。

フタリド類は平滑筋弛緩作用・抗痙攣作用・子宮収縮抑制または促進の双方向性調節・血小板凝集抑制・血管拡張作用などの薬理活性を示すことが報告されており、伝統医学における頭痛・月経不順・血行促進効果の化学的基盤と考えられている。とりわけリグスチライドは脳血流改善・神経保護作用・抗炎症作用が実験的に示されており、脳梗塞・認知症関連疾患への応用研究が進められている。

精油以外の成分としては、フェルラ酸(ferulic acid)・クロロゲン酸などのフェノール酸類、フラボノイド類、アルカロイド類(ペルロリン・テトラメチルピラジンなど)が含まれる。テトラメチルピラジン(川芎嗪・ligustrazine)は血小板凝集抑制・血管拡張・抗酸化・神経保護などの多面的薬理活性をもつことが明らかにされており、脳血管疾患・心血管疾患治療への応用が中国では臨床的に行われている。

根茎の精油成分は光毒性をもつフロクマリン類を含む場合があり、大量接触・摂取には注意を要する。また子宮収縮作用を有する成分が含まれるため、妊娠中の使用は禁忌とされている。

人との関わり

生薬「藁本(コウホン)」は中国最古の本草書である『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』(後漢時代成立と推定)にすでに収載されており、上品(じょうひん)の薬物として記載されている。以来、中国・日本・韓国の伝統医学において2000年以上にわたって使用されてきた歴史をもつ。

中医学・漢方医学における藁本の効能は「祛風散寒・勝湿止痛(きょふうさんかん・しょうしつしつう)」とされ、主として風寒による頭痛(特に頭頂部の痛み)・感冒・関節痛・リウマチ性疾患・皮膚疾患などに用いられる。単独で用いられるほか、防風(Saposhnikovia divaricata)・羌活(Notopterygium incisum)・川芎(Ligusticum chuanxiong)などと配合されて処方に組み込まれることが多い。日本の漢方処方では九味檳榔湯(くみびんろうとう)・荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)などに配合される。

日本薬局方(第十八改正)には「藁本(コウホン)」が収載されており、Ligusticum jeholense Nakai et Kitag.またはLigusticum sinense Oliv.の根茎および根を基原植物と規定している。生薬の品質評価には精油含量・フタリド類の定量(リグスチライドなどを指標成分とする)が用いられる。

中国ではLigusticum sinense(藁本・北藁本)および同属のLigusticum jeholense(辽藁本)が中国薬典に収載されており、両者は産地・形態・化学成分組成にやや差異があるものの、同一の効能をもつ生薬として扱われている。近年は成分研究・薬理研究が活発に進められており、脳血管疾患・抗炎症・抗がんなどの分野での新たな医薬品開発素材としても注目されている。

芳香が強いため、一部地域では防虫・芳香剤としての民間利用もある。根茎の粉末や精油は化粧品・入浴剤の原料としても利用されることがある。

系統的位置と進化的特徴

コウホンが属するセリ科(Apiaceae)は、真正双子葉類のうちキク類(Asterids)に位置するセリ目(Apiales)の中核をなす科であり、世界に約300〜400属3700種以上を擁する大科である。セリ目にはセリ科のほか、ウコギ科(Araliaceae)・ミツバウツギ科(Pittosporaceae)・セリモドキ科(Apiaceae に統合される場合もある)などが含まれる。分子系統解析によればセリ科とウコギ科は互いに近縁であり、両科の単系統性については従来の形態的概念を見直す研究も進んでいる。

ミヤマウイキョウ属(Ligusticum)はセリ科の中で北半球温帯・亜寒帯の山岳地帯を中心に約60種が知られる属であり、ユーラシアから北アメリカにかけて分布する。セリ科内の系統関係については分子系統学的研究が進んでいるが、Ligusticum属は多系統または側系統である可能性が指摘されており、属の概念と範囲については現在も再検討が続いている。

セリ科全体の進化的特徴として、複散形花序という特殊な花序構造・双懸果という特徴的な果実形態・精油・クマリン類・フタリド類などの二次代謝産物の多様な蓄積が挙げられる。複散形花序は多数の小花を効率よく配置して多様な訪花者を誘引する非特異的送粉戦略の産物であり、セリ科の繁栄に大きく貢献した形質と考えられている。双懸果は果実が2個の分果に分離する際の機械的エネルギーを利用した散布機構と結びついており、稜や翼の発達によって風散布・動物散布への適応が種ごとに多様化している。

フタリド類はセリ科に特徴的な二次代謝産物群であり、特にミヤマウイキョウ属・オサムシモドキ属(Cnidium)・トウキ属(Angelica)・センキュウ属(Ligusticum 近縁群)などに高濃度で蓄積される。これらはイソクマリン経路またはポリケチド経路を介して生合成されると考えられており、植食者・病原菌に対する化学的防御として機能すると同時に、昆虫の行動調節・誘引にも関与する可能性が示唆されている。コウホンが示すこうした化学的多様性は、セリ科が温帯山地という競争的環境において多様化する過程で獲得した進化的適応の産物として理解される。


第2版:2026-06-30.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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